《1996.09》



昨年ほどではなかったけど
やっぱり夏は暑かった
その夏もようやく終わり
秋の気配に包まれてきました
これからまた野外が楽しい季節です
でも、過ぎていった夏が
今になって恋しくなる季節でもあります


 
ごめん、8月もサボってしまった
ぺんて君の大手術
名古屋名物
颯は高性能水冷エンジン
深谷橋上駅サブレというお菓子があるそうです
この夏は旅暮らしだった


ごめん、8月もサボってしまった


 いやぁ、申し訳ない。待っていた人ごめんなさい。
 予告した手前、8月中旬に更新しようと思ってはいたのだけど、ついつい億劫になってできなかった。キーワードは「暑くてヤル気がしない」「パソコンのトラブル」「遊びほうけた夏休み」であります。
 上にも書いたけど、ま、確かに暑さは昨年ほどではなかった・・・でも、とうちゃんの場合は昼間冷房の効いた事務所の中にずっといるから、夕方、外の空気に触れるとドッとダルさが襲ってくるのですね。とどまつハウスに戻ってきて、もちろんクーラーはあるのだけど、一度ダルくなっているからもう後は「風呂!」「ビール!」「寝る!」・・・寝る部屋は冷房がないので蒸し暑さを我慢しながら寝苦しい夜を過ごしていたわけです。だから睡眠時間が長い割には身体が休まってはおらず、たまに涼しい晩があったら、シメタとばかり泥のように・・・ま、つまり寝てばかりいたのですね。
 あんまり寝てばかりいるので病気ではないかと心配になって体温計を出したら・・・脇の下に入れる前に37度を超えていたというのが、この夏生まれた「とどまつハウスの神話」です。

 あと2つのキーワードはこの後で話しましょう。


ぺんて君の大手術


 とどまつハウスのパソコンには『ぺんて君』という名前が付いています(もう一人『だいな君』というお兄さんがいますが、とうちゃんが会社に連れて行ったきり、滅多に帰ってきません)。
 この『ぺんて君』にWin95を導入したのは前回お伝えしたとおりですが、本来予定していたパワーアップ計画は「ハードディスク増設」だったのです。兄さんの『だいな君』は4MBのRAMカードに必要なプログラムやデータを全部納めているというのに、大食いのぺんて君ときたら420MBのハードディスクがパンク寸前だったのです。

 秋葉原のパソコンショップに行き、店員に向かって「やはり、増設するときは同じメーカーの物を買ったほうが安心なのだろうねぇ?」「いや、最近はそんなことを気にしなくても大丈夫ですよ。お客さんの機種は?」
 1年半ほど前に買った機種名を告げると、店の奥から鋭い声が飛んできた。「気にします。というよりその機種は、まずマザーボードを換えた方がいいです。マザーボードを交換しなければ増設してもハードディスクは動きません」
 先輩店員が言うには、その当時のパソコンはまだ未熟で、仕様では可能になっているが、実際には動作が不安定な面もあるのだそうだ。しかし、この店が国内独占販売している、いわばオリジナルのパソコンだよ。あんなに宣伝して売っている自社商品を欠陥品のごとくボロクソに言うことは無いよなぁ。こっちだって大事な貯金をおろして買ったんだから。
 たしかに『ぺんて君』のマザーボードにバグがあるのは知っていて、Win3.1の頃には対策用のソフトを使っても時々ハングアップしていた・・・けど、Win95になってからその症状は全然出なくなっているという明るい材料もある。「いいよ、リスクは自分で負うから」と新しいハードディスクを買ってきた。いちおう同じメーカーの品を。

 次の週末、増設作業に取りかかる。以前メモリーを増設したときに、元からあるハードディスクの取り付け位置を変更すれば2台内蔵できると目星をつけておいた通りに作業を進める。さすがにカスタマイズを前提に作られているDOS/Vマシン、電源ケーブルも使われていないのが3本も余っているし(CD−ROMに1本使っても、だ)、ちょちょいのちょいと取り付けてしまった。本屋で立ち読みして覚えたとおりにBIOSの設定変更もフォーマットもあっけなく終わり、『ぺんて君』は1.2GMBのハードディスクを併せ持ってしまったのだった。とりあえず動作も問題ないようである。
「かぁんたんじゃねぇか」

 次の週末、プログラムなどの環境を整えようと、フロッピーからファイルを転送しようとしたら、フロッピーの読み書きができなくなっていることに気がついた。フロッピードライブがあることまでは認識しているのだが、どうしても読み書きできない。ドライバーをいろいろ変更してみたが、駄目である。
「これでいいんだってばぁ」・・・声に張りが無い

 次の週末(作業が一週間間隔になっているのは、平日の夜はビール飲んで寝てしまっているからである)、もう一度『ぺんて君』のケースを開いてみた。すると、フロッピードライブの後ろから出ているコードが外れかかっているのを見つけた。ハードディスクの取り付け作業の時に手がぶつかるなどして緩んでしまったのだろう。なんだ、そうだったのか、ははは・・・
 しかし、時すでに遅し。ドライバの変更など、ソフトウェアをいろいろいじっているうちに、うっかりパソコンの起動に必要なファイルを削除してしまったらしい。Win95はSAVEモードでしか立ち上がらなくなり、SAVEモードではCD−ROMが使えなくなり、復旧のためのプログラムはCD−ROMの中にしか無い・・・

 次の週末・・・まで待っていられない状況になったので、さすがに平日の夜も復旧の方策を講じたが、結局のところ、DOSモードで起動してWin95の再インストールという方法をとってしまった。やれやれ。

 ようやく『ぺんて君』が復活したら、夏休みになってしまった。


名古屋名物


 7月にとうちゃんは名古屋に行って来た。どうせだから名古屋らしいものを食べてこようと考えたところ、最初に思いついたものが「モーニングサービス」だった。これは以前読んだ椎名誠サンの本の影響で、名古屋および周辺地域では喫茶店のサービス合戦が激化していて「一日中トースト食べ放題」というところまできているという話が記憶に残っているからなのだ。
 なにもわざわざ名古屋まで行ってモーニングサービスということもなさそうだけど、昔から旅に出ると朝と晩はユースホステルで食べて昼食は抜きというパターンが多かったので、あちこち旅行に行っている割には「その土地の名物」というのには縁がないのだ。そういえば、大学生の頃によく行った北海道の町に午後1時までモーニングサービスをやっている店があり、そこまで2時間歩いて「昼食」を食べに行ってたことがあったっけ。
 ま、今回は同行者もあったし、喫茶店のサービス合戦も沈静化しているかも知れず、そうなると「エビフライ」「みそカツ」かなぁかとも思ったが、あいにく降りた駅前にこれといった食い物屋が見あたらず、連れのナオさんが体調を崩していて「あまり重たいものは食べたくない」気分だったので、「きしめん」の看板を見つけて入ってしまった。
 気負った割には意外にあっさり決まったのだけど、とうちゃんが注文したものは昆布のダシが良く効いていて非常に美味だった。博多のうどんを思い出した。
 それにしても、このきしめん屋を見つけなければ、その手前にあったマクドナルドに入るところであった。なにせ、とうちゃんときたらブリュッセルでもホノルルでもマクドナルドでハンバーガーを買ってしまう人で、その信条は「あそこなら言葉が通じなくてもメニューを指させばよい」・・・でも、名古屋は日本語圏だよね。

 さて、今回は「途中で落としたら困るから」と、とどまつハウスの鍵を置いて出てきた。つまり、土産という物を買って帰らなければドアが開かないのである。名古屋土産って何だろう? かあちゃんは「味噌」を買ってこいとのたまうが、あれは重そうだねぇ。「ういろう」というのも重そうだし・・・
えびせんべい  デパートの名店街に行けば、何かしら地元の老舗があるに違いない。名古屋といえば松坂屋である(でも、松坂屋といったら上野を連想するが)。単に駅前にあって便利が良かったからという理由もあるが、のこのこ入っていったらオバさんと目が合いニッコリ笑われてしまった。「おお、そうだ! えびせんべいだ! これなら軽い!」
 かっぱえびせんは東京北区が本場だが、本来東海地方の人間のえびせん好きは有名で、実はとうちゃんも好きなのであった。
 デパートに入って最初に見つけた店の、オバちゃんが次々と試食をさせるので逃げ切れなくなったという見方もできるが、家の土産だけではなく、実家や上司や・・・と買い込んだら結構な量になってしまい、このあと駅構内や秋葉原のコインロッカー(こんなの抱えてハードディスクを買いに行けないよな)で苦労する羽目になるのであった。やっぱり味噌1kgぐらいをバッグに入れて帰った方が良かったかな。


颯は高性能水冷エンジン


 今年、地元に新しい公園がオープンして、そこの目玉が一年中泳げる屋内プール・・・外から見ると南欧風のでっかいドームの建物があって、その中に「流れるプール」「波のプール」「ウォータースライダー」「子供プール」「サウナ」に「ジャグジー」もあって、もちろん競泳用のプールを使いたければお2階へご案内〜って豪華版。さっそく行ってみたら「日常生活でオムツをしている人は入場禁止」という制限に結衣が引っかかってしまった。「遊泳禁止」ではなく「入場禁止」だもんね。そりゃぁ、監視の目をかいくぐって子供を水に入れてしまう親もいるだろう、そんなのがプールの中でウンチをしたら大変だろうと思う。思うけど、今まであった市民プールを廃止して、料金も値上げして、それでも構わないからと楽しみにやって来た家族を締め出してどーする。颯なんかがっかりして泣いてしまったから、近くにある実家の庭で直径1メートルばかりのプールに水を張って遊ばせてしまった。
 ふつうだったら「ふん、市役所のバカヤロー。あんなところ頼まれたって行ってやるもんか!」と態度を決めるべきところなのだが、あんまり暑い日が続いたので、翌週、颯ととうちゃんが2人で行くことにした・・・そしてコロッと宗旨替えした。いやぁ、素晴らしい施設だ。転びバテレンとなった颯ととうちゃんは、その翌日もプールに行き、回数券を買ってしまったのであった。

プールで泳ぐ颯たち  それにしても颯は水遊びが好きである。もともと外遊びが好きで、公園で遊んでいても「おんも行く〜!」とぐずって泣くくらいで(ここがおんもだろうが)、我が家では彼のことを「おんもの子」と呼んでいるのだが、プールに入れるとそのスタミナはさらに底なしになってしまうようだ。
 というわけで、とうちゃんの夏休み、颯は常にどこかでプールに入っていた。いとこの住むマンションでも、那須のホテルでも。そのうち浮き袋を嫌がってビート板を使いたがるようになったので、これは間もなく泳げるようになるのではないかと親バカしてしまったのだが、今シーズンは無理だろう。
 ま、水を怖がらない子になってくれればそれでいいと思っている。それになにより、颯と一緒にプールに行くおかげで、とうちゃんの健康増進になっている・・・のだけど、泳いだ後のビールが旨くってねぇ。


深谷橋上駅サブレというお菓子があるそうです


JR深谷駅  プールの話が出たので、もう一つ我が町の新名所を。それはJRの駅舎であります。
 かなり以前から町の南北の人が使いやすいように駅舎を橋上化しようという話はあったのですね。とうちゃん個人の感想としては、橋上駅というのは私鉄の郊外駅(いまやJRとなり私鉄なのだけど)みたいで重みがない。やはりどっしりした駅がいいなぁと思っていたのです。
 で、なんと橋上駅だけどどっしりした駅ができあがってしまったのです。マスコミでも紹介されて話題になったのでテレビや新聞で見た人もいるかと思うけど、戦前の東京駅の雰囲気を再現したのです。
 これは単なる悪ノリではなく、もともと東京駅建設に深く関わった渋沢栄一の生誕の地でもあり、また東京駅に使われている煉瓦を作った工場が市内にあることもあって、関わりが深いということがあります。それから、一時、建築探偵団の藤森先生たちが「東京駅を戦前の3階建てドーム屋根に復元しろ」という運動が話題になったことがあり、「それならこっちで造ってやろうじゃないか」と誰かが言い出したのか・・・後半は想像ですが、ともあれ戦前の東京駅らしきものができてしまった。
 この駅から列車に乗って旅に出る、というのを売りにした団体旅行の企画も評判が良く、駅の売り上げも伸びているそうです。とどまつハウスは町の外れにあって、隣町の駅の方が近くて便利が良いので、実際に利用することはまれのような気もしますが、なるほど話の種にこうして見に行ってきました。
東京駅

 ところで、さきほどから「戦前の東京駅」と書いていますが、もちろん、とどまつハウスの誰もが実物を見たことはありません。話しに聞いて絵や写真で見ただけです。でも、ミニチュアなら鬼怒川のワールドスクエアで見てきました。今のように周囲に背の高いビルが無かった時代では、帝都の玄関に威風堂々と建っていたことでしょう。


この夏は旅暮らしだった


 とうちゃんにとってサラリーマンになって初の9連休の夏休み。那須の旅行と、横浜のかあちゃんの実家帰省を組み合わせて過ごすことにしました。

 XCスキーのためによく走った道を日光に向かいます。冬にばかり走っている目からすると、ずいぶんクルマの数が多く感じるのですが、10数台くらいで切れ目が見えるようでは混雑と呼ぶほどではないでしょうね。日光から今市に向かうというのは、宇都宮方面から来る普通の人とは逆コース。だからクルマの流れもスイスイです。
 鬼怒川で遊んだ後は、そのまま会津西街道(R121)を走ります。4年ほど前、只見から会津田島に出てこの道を帰ってきたことがあったけど、あまりにスイスイ走れたことに驚いたものでしたが、今回もまた。強い日差しと濃い木陰のコントラストの中、途中ところどころの河原でテントを張っている人たちを見ながら走ります。とどまつハウスの8月はキャンプはお休みなのです。
 福島県との県境が近づいたところでR121を離れ、峠を越えて塩原温泉へ。ここでも麓から登って来る都会ナンバーのクルマたちとすれ違いながら・・・那須のホテルで「今日は道路が混んだでしょう?」と言われても、ピンとこないのでありました。

遊具  那須での滞在中はね、いちおう子供連れだし、といってこのあたりに詳しくもないので月並みかも知れないけど『りんどう湖ファミリーランド』というところに行ったのですよ。ここなら、小さい子供でも遊べる遊具があったりして(親にとってはお金がかからないというメリット)いいかなぁと思ったのですね。とはいえ、かあちゃんにしてみれば「なんで那須まで来て、いつもの公園遊びと同じことしなくちゃならないの?」ということになるのだそうですが。
 ファミリーランドは適当に引き上げて、ホテルのプールと温泉で遊びます。リゾートホテルというのは、そこから一歩も出なくても一週間くらい楽しく、そして落ち着いて過ごせるところを言うんでしょうね。もちろん、試してみるだけのサイフはありません。せいぜい2泊。

 さて、那須からは東北道を走って横浜まで直行することにしました。まだまだ下り車線は渋滞中。それとすれ違いながら首都高に入ると都心が渋滞中との情報。結局一番遠回りの湾岸線を走ることにして、葛西から遠くにディズニーランドを眺めたり、レインボーブリッジを渡ったり東京タワーを近くに見たりして東京見物を楽しみながら用賀まで行き、そのまま港北の実家まで走って・・・子供たちはおじいちゃんおばあちゃんに任せて、ゆっくり夏休みの後半を過ごすことにしたのでした。
ベイブリッジ

 とどまつハウスのジプシーキャラバン、最後は鎌倉のけむたま家にお泊まりです。2ヶ月ぶりに見たけむたま氏のクルマにはルーフボックスが載っており、それを見たとうちゃんは、自分も欲しいなと言うかと思ったら「今まで使っていたルーフラック、幾らなら手放す?」
 とうちゃんのルーフラックは幅が狭くてRV−BOXの3連装ができないのですが、けむたま氏が使っていたものならできるのです。もちろん、けむたま氏だってとうちゃんの目論見は承知しています。だから、自分ではもう3連装ができなくなったRV−BOX2個(1個は車内に入れるのだそうです)と固定用のベルトをセットにして売りつけたのでした。

 一週間ぶりに戻ってきたとどまつハウスは・・・サウナでした。しかも、北側の部屋の方が熱がこもって暑くなっていたのです。無事帰ったよと報告の電話をしようとしたら・・・「あっちっち!」と思わず受話器を耳から離したのでした。
 また神話が増えてしまった。