《2000.12》
暴走奇行・・・あ、いや、房総紀行だ(3)

 普段よりちょっと遅めに目が覚めた。5時くらいか。
 このところ父ちゃんは4時に起きていて、早いときには2時3時に目が覚めてしまう・・・ある人に言わせると「眠るということは意外と体力を必要とするものであって、年寄りは寝ているだけの体力が足りないから早起きする」のだとか。本当かなぁ。もっとも、父ちゃんの場合は8時9時に寝てしまうから、生活リズムが他人とズレているだけなのかも知れない。しかし、早朝インターネットにアクセスすると回線が空いていて具合がいいのだ。というわけでメールチェックなどをしていると颯が目を覚ましてきた。こいつは普段寝起きが悪いのだが、休みの日だと機嫌良く早起きする。ま、これは健全な人間ならあたりまえか。
 6時になったので颯を誘って朝風呂へ。前夜に比べて少しぬるくなったように感じる浴槽で身体を伸ばすと、そのまま溶けてしまいそうに気持ちいい。夜の風呂はそれまで身体を動かしていた興奮状態というか緊張状態というか、芯に昂ぶりが残っているのでこれほどリラックスはできないと思う。といって朝のシャワーはいきなり身体を目覚めさせているみたいであわただしい。やっぱり朝風呂に入ってのんびりくつろいだ気分から徐々に身体を活性化させてゆくのが最高だなぁと思うのですが、どうですか。
 単に前夜の飲み疲れを癒しているだけかも知れないけどね。

 6時45分頃が日の出の時刻だったのだが、あいにくの曇り空で、太陽の昇る位置さえ判らない。数日前からの天気予報では、元旦は曇りだが大晦日は晴れということで、我が家にとっては好都合、一日違ったくらいでは日の出の位置もそう変わらないだろうと、水平線から昇る太陽を初日の出に見立てようと思っていたのに、ガッカリである。

おとうの嫌いな納豆食べちゃった
 朝食は一階のダイニングレストランでバイキング。他の宿泊客の様子をチラッと見たりすると、ここに限ったことではないが、トレイにご飯(パン)やおかず飲み物類を綺麗に載せてテーブルに着き、そのまま食べてオシマイという人が結構いることに気づく。カフェテリア方式というか定食屋スタイルですね。
 そこへゆくと我が家は配膳方式で、トレイはあくまでテーブルまで運搬するためのもの。だだっと料理を並べて、食べ終わったらお代わりに行き、食後のコーヒーまでに3回以上は席を立って補給に行っているような気がする。普段トースト一枚くらいで済ませているくせに、あきれたもんだ。
 そんな我が家のテーブルの上で次つぎとカラになった食器をホテルのスタッフは笑顔で片付けてくれる。那須のホテルもそうだけど、このホテルの従業員も皆ニコニコとして親しみやすい。ホテルマンとしてキリッしたところとフレンドリーなところを併せ持っているのが正しいリゾートホテルのスタッフだと思うね。建物が古いのは仕方ないが、こういう人たちに接遇されると気持ちがいい。ここは原則会員制だから常連客もいるのだろう。ビールのジョッキを注文していた(朝からいいなぁ)老紳士は運んできたボーイと親しそうに話していたが、いい雰囲気だった。
 ところで、ボーイさんは皆白いシャツでダイニングの中を歩き回っているのだが、一人だけ胸やら背中やらにポケモンのアップリケを施したシャツを着ている人がいた。きっと子供が声をかけて親しみやすくという配慮なんだろうけど、ホテルが支給しているとも思えない。自分で作ったのかな? しかし、制服にそんなことしていいの?
(のちに、この人はレストランマネージャーの飯田サンだということが判明)

 朝食後、太平洋を臨む芝生の庭に出てみる。この頃になると時折り雲の切れ間から太陽も見えたりしたが、どうも今日は日が照りそうにない。
 ところで、昨年もそうだったのだけど、子供たちへのクリスマスプレゼントに使いきりカメラを与えて旅行中持たせておいたら、これが結構面白い。子供の目の高さや関心がそのまま写真に反映するのだ。大人の目から見ると「なんでこんなもの撮るの?」というのもあるのだけど、そこがかえって面白い。颯はソテツの木をライトアップするために使うらしい照明器具を熱心に写していた。
(と書いて思い出したけど、父ちゃんも相当一般人とは違う写真を撮ってくる人で、かつて社員旅行で香港に行ったとき、旅行後の写真を見て部下の女性から「見ているところが全然違うんですね」と半ばあきれた声で言われたのだった)
 まだ朝の冷たい風が吹く中、庭を歩いているのは我が家だけだったが、その姿をレストランから見ていたのだろう、我が家が部屋に戻った後から庭に出てくる人たちが窓から見えた。

 さて、チェックアウトして今日もドライブを続けよう。
 まずは昨日の『潮風王国』を再訪。実は昨日は颯が機嫌を損ねていてクルマの中で待っていたのだったが、今日はちゃんと降りて一緒について来る。建物の外に漁船のモニュメントがあって、甲板に上がったり操舵室に入れるようになっている。古い漁船を持ってきたのかと思っていたのだが、船体が妙にのっぺりして感じで、このために作ったようにも見える。パンフレットの写真では周りが池になっていて水に浮かんで見える演出なのだが、冬だからなのか水が抜かれていて、ちょっと見た目に淋しい。
 海岸に下りて結衣と足元を探し貝殻を拾う。昨日みやげ物屋で欲しがっていたので、ここでこうして拾えば納得するかと思ったが、このあと中の売店でやっぱり買わされてしまった。
 そうそう、中に、と言えば、アレがあったのです。伊勢海老のUFOキャッチャー・・・関西方面には割とあるらしいなど、話には聞いていたのだ。しかし、ゲームセンターではなく海産物中心の物産センターのイケスの横とは・・・ある意味では納得の行く場所かも知れない。2,000円出して買うよりは、うまくいけば100円で手に入る。と考えてしまう。
 実は昨日からこれがあることは気づいていて、もちろん他の観光客たちもこれを見つけては指差して仲間と話題にしているのだけど、誰一人としてチャレンジしようとしなかったのだ。「むずかしいんじゃないか」「ちょっと恥ずかしいな」いろんな思惑が渦巻いているのだろう。もちろん母ちゃんもその一人だったのだけど、ついに決意して100円玉を投入した。父ちゃんはアーケードゲームの類は一切ダメなんだけど、母ちゃんは結構得意なんですね。UFOキャッチャーなんかも、夏に『コスモワールド』で子供におもちゃをゲットしていたしね。しかし、伊勢海老はやっぱり難しい。形そのものが不向きという気がするけど(クレーンで掴めても、運んでいる途中でバランスを崩したりヒゲがどこかに引っかかったりしそう)、それよりも何よりも「相手は生きている」のである。おめおめとクレーンに掴まれたりはしないのである。クレーンの爪が触るとピッと逃げてしまい、持ち上げるどころではないのであった。
 しかし、やっぱりみんな興味があったんだねぇ。母ちゃんがチャレンジしたのをきっかけに、そのあとチャレンジする人が続いたからねぇ。

 ええっと、ここに来たのはUFOキャッチャーをするためではなかった。みやげでも買って帰ろうと思ったのだ。伊勢海老や鮮魚というのはナシということにして、干物や加工食品という無難な線に落ち着くのだろうな。
 ところで千倉というのは鯨関係が特産なんだそうで冷凍の刺身やベーコンなども売られていた。父ちゃんにとっては懐かしい食い物なんだが、値段がすごい、ゼロが一個多い。鯨のベーコンなんかは「肉が買えないからこれを食べて」という物だったはずだが、すっかり逆転して「これ我慢すればステーキ食べに行けるな」ってなもんだ。
 しかし名物らしいし話のタネで「鯨のタレ」という見た目にビーフジャーキーを連想させるものを買って帰ったのだが、後日ちょっとした手違いで他所へのみやげになってしまって我が家には残らず、ついに味を見ることはなかった。これを買うとき横にいたグループが「ああ、これが夕べ出たヤツか」と言っていたけど、我が家が泊まった旅館(ホテルだってば)では出なかったもんなぁ。
 結果として房総の味のみやげは一緒に買った「さざえカレー」の缶詰だけということであった。これは『リゾートin白浜』のランチメニューにも出ていて、この地域で広く食べられているものらしい。それをみやげ用に缶詰にしたものというわけだ。サザエの歯ごたえがコリコリとして旨かったが、カレーそのものは甘口すぎて好みではなかった。このアイデアだけをいただいて自分の家で作ったカレーに市販の「さざえのつぼ焼き」缶詰を入れたらどうだろう。今度やってみよう。
 そうだ、サザエといえばこの界隈のみやげもの屋で『サザエさんサブレ』というのが売られているけど、サザエさんといえば世田谷区桜新町ではなかったか。南房総とどういう関係があるのだろう?

 我が家が泊まった白浜町で有名なのが野島崎灯台だそうで、街路灯も灯台をあしらったもの。もっとも秋から来年春にかけて改修中というニュースを新聞で読んでいて、実際に来てみるとなるほど周囲にシートがかけられていた。でも、灯台の役目は果たさなければならないので(夕べもちゃんと光っていた)頭だけはのぞかせている姿がなんだか保冷用のドリンクホルダーに入れたペットボトルみたい。
 ホテルの窓から見るだけではなく、やはり間近で見てみようと『潮風王国』からとって返す。これまで反対方向に往復していたので気づかなかったけど、ホテルの隣りが町営駐車場になっていた。でも、ここから灯台までは離れているし、もっと近くまでクルマで行けるんじゃないのと進んでみたが、灯台まで向かう細い道は関係車両以外通行禁止みたいで、ありゃりゃダメだったか。でも、いまさらあそこまで戻るのもナンだし、行楽シーズンでもないからと岬に向かう入り口の飲食店などが並んだロータリーに路上駐車。このあたりに停まっている乗用車はみんな同じ事情みたい、と思ったら後からやって来た一台も岬の奥をうかがい、バックしてロータリーに路上駐車という我が家と同じ事をしていた。
 灯台の内部は見学できるという話を聞いていたが、どうせ大晦日は休みだろう。年末旅行はこれが欠点だ。那須塩原にある東京電力のPR館も、一度家族の者を連れて行ってやりたいのだけど、過去3年続けて年末年始の休業にぶつかっている。PR館も面白いけど、敷地内にすっごいカラクリ時計があるのだ。
 そういうわけで岬をめぐる遊歩道を歩いてみることにする。適当なところで引き返すつもりでいたけど、小さな岬なのでそのままぐるっと回ってしまい、ホテルに面した側に出た。そういや今朝ここで焚き火をしているらしい煙が上がっていたなぁ。まさかそのとき焼いていたわけではないのだろうけど、サザエなどの貝殻が散らばっている。子供たちが波打ち際で遊んでいるのを、彼らのカメラで写してやる。埼玉に住んで、主に遊びに行くエリアが信州、群馬、栃木と海のないところばかりなので、今回の旅行はできるだけ海に沿ってドライブするつもりだったのだが、実際に水に触れるシーンも用意してやりたい。 遊歩道脇の公園を横切って(案の定、子供たちは遊具で遊びたがった)を横切ったらロータリーに戻ってきた。さぁ、また海沿いドライブだ。

 館山市街に向かう国道410号は北上してショートカットするけど、こちらは律儀に海岸線を洲崎経由の県道257号だ。道路地図には「房総フラワーライン」と紹介され、日本の道100選と白砂青松100選の二冠に輝く道らしい。地図には並木道の表示が・・・そうなんだ、切り立った崖の上ならともかく、本当に砂浜沿いの道は防砂林があって海が見えないんですね。海に流れ込む小川の部分だけ林が途切れ、そこから一瞬だけ見える海は、天気もパッとしないし、といって冬の海の厳しさを感じさせるでもなく、中途半端な海だった。

南房パラダイスは広かった
 今回はドライブ主体だったけど、ひとつくらいは観光施設に寄ってみようや、ということで『南房パラダイス』に立ち寄ることにした。その前に『白浜フラワーパーク』というのがあってクルマで走りながら外観を見た感じでは大きな温室があるだけで、それほど花に興味があるわけでもないし、わざわざ金払って入るのはなぁという感じだった。それに『○○パラダイス』というネーミングがケバくて安っぽい二流のイメージで(あくまで個人的な感想ですケド)、こちらもあまり期待していなかったのだ。でも、入場料が倍もするし、着いてみたら大きな駐車場があって、それなりに大したものなのかなと入ってみたら・・・。
温室に入るとレンズが曇った
元日から「なの花フェスタ」だそうだ
 いやはや、タカをくくって悪かった。最初に展望塔に登ったのだが、広大な敷地にびっくり。ちょっと立ち寄るという感覚では済みそうにない。みみっちい話だが、入場料分の価値というか時間は充分つぶせそうだと思った。
 花畑あり、蝶館あり、ミニ動物園ありで、なかなか楽しめるではないか。圧巻なのが温室長屋(正式呼称ではありません、念のため)で、大温室を中心に温室が連なっている。色鮮やかな花が途切れることなく続く中を歩いているのはまさにパラダイスだ。田舎のヘルスセンターを想像して申し訳ない。
 ここで結構歩いたせいか子供たちの空腹コールが始まった。軽食喫茶があるにはあるが、時間的にも少し早いし、どうせならしっかりしたものを食べたい。お刺身定食にこだわっているわけではないけどね。不平たらたらの子供たちをなだめすかし、自動販売機の缶ジュースで当面我慢してもらうということで妥協してドライブ続行。ちなみに自販機には千葉県くらいでしか見かけない「ジョージア・マックスコーヒー」があり、甘口らしいよと母ちゃんに勧めたら、甘党の母ちゃんでさえ閉口していた。
(リンク先のホームページによると茨城・栃木でもあるらしい・・・なぁんていったら、いつも遊びに行く日光戦場ヶ原の自販機にも入っていた。今までどうして気づかなかったんだろ)

 相変わらず海岸線をなぞるドライブを続けて館山市街へ。ここでも一番海寄りの道を走っていたら、道路脇の建物が白壁とスペイン瓦と呼ぶのかオレンジ色の屋根で統一されていていいムード。ちょっと地中海に面したどこかの街といった風情だ。見とれながら通過する。
 そういえば、父ちゃんは20年程前に一度館山のユースホステルに泊まっているのだけど、館山に来て何をやったのか、ユースホステルはどの辺にあったのか、全然思い出せないのである。シーツやカーテンが花柄だったことしか覚えていない。いったいどうして館山に来ようと思ったのだろう。
 船形というところで漁組が開設している海産物センターに立ち寄り(結構未練がましいね。でも、わざわざここで買って行きたいと思えるほどのものはなかった)、富浦町に出る。この近くに道の駅があるはずなので、そこで昼食にしよう。『とみうら』は国道に合流したところを少し館山市街に戻ったところにあった。

 ここでは買って行きたいものもあったのだが、まずは食事だ。子供たちにもずいぶん我慢をさせて悪かった。さぁなんでも好きなものを食べてくれ、ただし予算の範囲で。
 ここは道の駅は道の駅として存在し、食事や物産店は隣接する『とみうらマート』でとハッキリ区別しているのがポリシーらしい。ならばそちらで食事だ。父ちゃんはネギトロ丼と、まぁ当初の目的に近いものを頼んだが、颯はカレーライスとラーメンのセット(ううむ、これまた子どもらしいと言えなくもない)、結衣は焼きソバ。めいめい好きなものを頼むのはいいが、結局食べきれなくって残したものが父ちゃんのところに回ってきて、口に中に残るネギトロ丼の余韻というものが・・・。
 昨日から見かけたみやげ物の中にビワを使ったお菓子がずいぶんあった。南房総がビワの産地ということはこれまで知らなかったのだけど、中でもここ富浦が一番らしい。道の駅『とみうら』は『枇杷倶楽部』という第3セクターが運営し、この会社は地元特産のビワを使った商品の開発販売を行っているとのことだった。そういうわけで、ビワにちなんだみやげ物は本家本元のここで買って帰ろうと思っていたのだ。
 シャンプーなんかも面白いと思ったけど、誰かにバラであげるにもいいからと石鹸にしようと思う。すると「枇杷せっけん」と「枇杷の葉せっけん」があって、色はオレンジと緑。もちろんそうだろうなぁと思ったのだけど、どちらも枇杷の葉エキス配合ということで「枇杷せっけん」が枇杷の実で作られているようではないみたい。それで値段も「葉」の方が100円高いし、いったいこれはどうなってるんだ? でもまぁオレンジの方が見た目に「枇杷」らしいのでこれを買うことにした・・・きっとそういうことなんだろうな。有効成分は「葉」に含まれているのだけど、緑色の石鹸では「枇杷」らしくないので、オレンジ色のも作っているのだろうと勝手に解釈したのだった。ついでに入浴剤も買って来たけど、これはなかなか良かった。もちろん石鹸の方も、顔を洗うと枇杷の香りがして肌にいいような気がする。また買いたいものだ、いや、どこかで通信販売していないものかと調べたら、なんと町役場のホームページから注文できることが判った。さすが第3セクター。

 さぁ、そろそろ行こうというところでトラブル発生。母ちゃんが急に腹痛。そばを通りかかった人が「薬をあげましょうか」と声をかけてきたくらい苦しそうな顔をする。このあと船に乗る予定だったから、中途半端な快復では動けないなと心配したのだが、ほどなくドライブ続行可能になり一安心。
 道の駅を出ると、内房なぎさラインと格好のいい呼び名があるものの道幅の狭い国道が続く。古くからの家並みも続き、これは行楽シーズンには渋滞必至だな。いや、今日だって太平洋を見ながら年越しをしようという観光客だろう、我が家とは反対方向、これから館山に向かおうとするクルマで渋滞気味だった。
 海を左側に見たいというのがそもそもの理由だったけど、我が家が昨日から走ってきた道順が正解だったようだ。あっちも道が狭い国道だったが、すいているので走りやすかった。そして大晦日の午後、こちらを東京方面に向かえばまだそれほど混むころあいではない。
 作戦成功だな、と喜びながら次の道の駅『きょなん』着。出発前の情報収集で、ここには海の幸が旨そうな食堂があるとのことだったので、時間が合えばここで昼食とも思っていたのだった。でも、駐車場やトイレはともかく、付属施設が営業しているのか、ちょっと不安な点もあったのだが、結果的に『南房パラダイス』が入って『とみうら』でもすでに遅い時間の昼食となってしまったのがこれまた正解だったようだ。道の駅全体がひっそりと静まり返っており、曇り空が時計の針以上に夕方の雰囲気を高めてくれて、我が家はトイレに入っただけでフェリーターミナルに向けて出発したのだった。

 さて、そのフェリーターミナルだけど、国道から判りやすいところのあるのかなぁ・・・お、あそこだ、看板が挙がっている。うわっ、なんだこの人たちは!
 大勢の人たちが目の前の道路を横切ってフェリーターミナルに向かっている。いったい何なのだろうといぶかしく思いながらこちらもフェリーターミナルに向かい、出航待ちのクルマの列に並ぶ。チケットを買ってこようと車検証を持ってクルマを降りると頭の上からアナウンスの声が聞こえてきた。
「15時40分発の便は、本日都合により欠航となります」
 あらかじめ何時の便に乗りたいと決めていたわけではない、夜までに横浜に着けばいいのだから次の16時20分でも構わない。そう思いながらチケットを買い、クルマに戻ってみたらフネが桟橋に停泊しており、さっきの人たちがぞろぞろと乗り込んでいる。近くに立っている関係者らしい人の会話から、どうやらこれはJRが募集した団体旅行の一行らしいと判った。この団体だけでフネがいっぱいになるので、一般客には札止めになっているというのかな。
 次の便まで時間もあるし、クルマの中で待っているのも退屈なのでターミナルに入ることにした(それはそれで、お菓子だジュースだとねだられて大変なのだが)。途中で父ちゃんがクルマの所に戻ってみると桟橋に通じるところに二人のオバサンがいて、係員らしい人がケータイで誰かと話している。ははん、さてはこの二人、トイレか売店を覗いていてフネに乗り遅れたな。
「ええ・・・JRの団体・・・二人乗り遅れまして・・・今フネを呼び戻しました」
 途切れ途切れに聞こえてくる係員の声を聞いてビックリした。フネを呼び戻すだってぇ!
 そんなの次の便に乗せて、久里浜で待っててやればいいじゃないか。バスごと待てなければ、添乗員か久里浜の駅員が待ってればいいじゃないの。しかし、本当にフネが戻ってくるのが見えて、サービス過剰というかあきれたもんだと思いながらターミナルに戻ったのだけど、トイレの前に張ってある「びゅう東日本」のツアー募集のポスターを見てフネを呼び戻した理由を理解した。今の団体、これだったんだ。
 そこにあったのは「世紀の架け橋ツアー」というタイトルで、昼に新宿駅を出発し千葉経由で浜金谷、つまりここまでやって来る。そしてチャーターしたフェリーで20世紀最後の日没を見るサンセットクルーズをして戻ってきた後、成田山へ行って深夜の初詣。さらに成東へ移動して九十九里海岸で21世紀最初の日の出を背景に上演される野外歌舞伎を見るという、盛り沢山というか忙しい団体さんなのだった。これじゃぁ乗り遅れたお客を次の便で送るというわけにはいかないのも道理だ。しかし、サンセットクルーズといっても、今日のこの天気ではどこに太陽があるかさえ判らない。この「20世紀最後の日没を海の上で見る」というアイデアは、内心父ちゃんも持っていたんだけどなぁ。時間はうまく合ったけど、天気が合わなかった。
 それにしても、ターミナルに着いたときに見かけた大勢の人たちの姿を思い出そうとして、実際は混じっていたのかもしれないけど、男性の姿がどうしても思い出せなかった。父ちゃん族は皆、家で留守番なのだろうか。まぁ、ウチの父ちゃんも大晦日の晩だって普段どおり8時か9時に寝てしまうので、こんな夜遊びはしたがらないんだけどね。

これは久里浜からの定期便
 やがて久里浜からのフェリーが到着し、クルマや人が降りた後、入れ替えで我われの乗船だ。クルマごと船に乗ってしまうので子供たちが歓声をあげる。所定の位置に停めたらクルマから降りてデッキへ。ナントカと煙のごとく上へ上へと上がりたがる。後部デッキから乗船する車を見ている。背後の房総半島はそろそろ夕闇が迫ってきた感じだ。
 そして出航。フネが岸壁から離れると、颯が大きな声で叫ぶ。
「さようなら〜! 千葉け〜ん!」
 きっとテレビ番組で見たシーンを気取っているのだろう。でも、確かに楽しい2日間だった。
「またどこかで逢おうなぁ!」
 ・・・たぶん、千葉県でしか逢えないと思うよ(^^;

 いつまでもデッキにいるのも寒いので、客室に入ってみる。乗船時間が30分でも売店やドリンクカウンターがあるので少々驚いた。昔、修学旅行で乗った桜島フェリーは20分くらいの間、バスの中にいたままだったのに・・・しかし、ここでビールを飲んでも酔いを覚ます時間がない。客室は暖房が良く効いている上にコーヒーの香りが充満し、さらにフネの揺れを感じるので母ちゃんが気分悪くなりそうだと言う。それで側舷デッキに出ると、ここでは揺れを感じない。客室の方が船の中心線の上にあるというのに揺れを感じるなんて不思議だな。そばにいた数人組みに中の一人も同じことを仲間に言っていた。
 でも、ずっと外にいると冷えてくるので、再び客室に入り、少し温まってはまた外に出る。なるほど、結構いろんなことをする時間があるものだ。クルマに乗ったままでは頭がヘンになってしまうな。
 客室では船内放送で「アクアラインの開通によって客足が減っている。乗船時に特別割引券を配っているので、ぜひまた利用してください」と訴えていた。我が家はJAFの会員割引で1割引で乗ったのだが、貰った券は2割引、いつかこれを使う機会が巡ってくるのかなぁ・・・いや、ぜひまた房総の旅行に来たいものだ。

 ちょっと出航が遅れ気味だったから久里浜着が5時ってとこかな、横浜の家には何時頃に着けるのかなぁ。と考えていて大事なことを思い出した。
 と騒ぐほどのことではないが、都合3泊4日で家を空けることになるので、留守中のテレビ番組を録画しようとビデオで予約しておいたけど、テープの長さの都合で全部は無理。それで大晦日6時からの『ドラえもんスペシャル』は「おじいちゃんの家で見せてもらおう」と思っていたのだが、これじゃあ間に合わないかも知れない。
本来は釣り竿置き場かもしれない
 で、ちょっと話が変わるけど、世の中には変わったところ珍しいところに行くと無性に誰かに電話したがる人がいて、「日本最○端の地」なんてところにある公衆電話にかじりついて「ねぇ、今どこにいると思う?」なんて言ってるのだが、かつては電話嫌いだった父ちゃんも、最近そういう傾向にあるみたい。携帯電話が普及して、意外なところで電波が届くことを発見するとムズムズするようになったのだ。
 さて、今は東京湾を横断するフェリーの上である。やっぱりムズムズしてきた。そこにもってビデオの録画をどうするかという問題が勃発したのである・・・妹に電話して頼んでみよう。だが、あいにく不在だった。代わりに電話に出た姪っ子に頼むのもなぁ、ちょっと伯父として威厳がないと思って用件を切り出さず「また電話するから」と切ったのだが、後で聞いた話では「ビデオ録画を頼むつもりだったに違いない」とバレバレだったそうだ。そういえば11月にはキャンプ場のテントの中から録画を頼む電話をしていたのだった。
 ま、こうなれば仕方ない、横浜の家までどれくらいかかるか判らないけど、正攻法で走って行くだけだ。

 久里浜に着いたのがやっぱり5時。初めての町を夜走るのは億劫だが、幸いにも通りに出たら横横(横浜横須賀道路)の案内標識があったので、それを目当てに走る。市街地をしばらく走り、普段は近所の人さえあまり訪れそうも無い小さな神社の境内に明かりがともされているのを見ると、しみじみと大晦日だなぁという気分が湧いてくる。きっと、二年参りの人が訪れるのだろうな。
 というほのぼのとした気分も、やがて横横に入ったら消えてしまう。結構クルマが少ないのでアクセルを踏み込んで一気に横浜へ。この時間は比較的空いているだろうと思っていた通りだった。年越しを横浜港や鎌倉でという人たちが動き出すのはもう少し後だろうと思っていたのだ。でも『海ほたる』は駐車スペースに限りがあるので、夕方から行ってなければ駄目だという情報もあった。帰路のコースに組み入れなくて良かったよかった。ディズニーランドのあたりも混みそうな気がするし、フェリーを使って横浜の実家に泊めてもらうという今回の計画は、なかなか名案だったように思える。
 横横から横浜新道に入って第三京浜へ。前に通ったときは針路変更が難しかったのだが、この夜はスムースに車線を乗り換えて港北インターまでやって来ることができた。そこから先もいつもはかなり信号にかかるのだが、妙にスイスイ通過して「あれ、もうこんなトコ?」なんていっているうちに、見事6時ジャストに到着したのであった。

 しかしまぁ楽しい旅だった。これまで房総というと「遠い」というイメージが強く、なかなか行ってみようという気にならなかったけど(房総に行くまでに、新潟の海なら往復できる)、一度行ってしまえば、また行きたいもんだ・・・と、旅のなごりを味わっているのは父ちゃんくらいで、子供たちはテレビに夢中になっていた。