《2001.01》
東京ピナクル初登攀

 房総旅行のついで、みたいな形で元日を横浜で迎えることになった我が家ですが、翌2日には深谷に向けて帰宅の途につくことになっていたわけです。2日だったらたいていの店が開く、となれば例のところに寄って行こう。
 例のところというのはR.E.I.・・・あ、別に地口ってわけじゃないけど、帰り道に南町田にあるR.E.I.に寄って帰ろうと思ったわけです。年末には初売りセールのDMハガキも来ていたけど、我が家というか父ちゃんの目的はそんなことではなく、結衣にピナクルを登らせようというのです。

福袋そっちのけで
岩にとりつく人たち
 この前、夏休みに寄ったときに果たせなかったことをやってやろうではないかと(実際にやるのは結衣なんだけど)意気込んで開店直後のグランベリーモールに行ったら、すでに大勢の人たちが大きな袋をぶら下げて歩き回っていました。初売りにつきものの福袋。これは後から判ったのだけど、モールの入り口やインフォメーションなどで福袋を売り出す店の一覧表みたいなものを配っているのですね。主な内容や値段、販売個数などが明記されている。だから皆さんお目当てのショップに走って買い求めているみたいで、R.E.I.もちゃぁんと用意してありました。
 R.E.I.のは1袋8,000円。中身はアウトドアウェアがメインで、だいたい30,000円相当の物が入っているそうだけど、我が家は興味がないのです。確かにサイズ別に分かれているので、まるっきり着られないものを買う心配はないけど、色柄が趣味に合わなかったら嫌だもんね。でも実際にはR.E.I.の福袋を持って歩いている人は多かったですね。駐車場から店の前に行く間にもゾロゾロすれ違ったから。
 10数年前から海外通販でR.E.I.の商品を買っている経験では、R.E.I.が取り扱っている他社ブランドは別として(R.E.I.から初めて買ったのはモスのタープだった)、オリジナル品はたとえばL.L.Beanなどと比べてもちょっとデザインや雰囲気が落ちるものが多かったんだけどね。それがこんなにもてはやされるのは、どうもL.L.Beanが日本各地に店舗を作りすぎてポピュラーになり、希少性が薄れたからではないかとも思ってしまいますね。そこへ行くとR.E.I.はまだ日本には1店舗、その名も『東京フラッグシップストア』ってんだから、ブランド意識をくすぐるんじゃないかな・・・福袋には飛びつかないとはいえ、父ちゃんもやっぱりそんな一人なんだけど。

 さて、閑話休題。今回の目的は買い物ではなく岩登り。店の奥にあるピナクルの前に行き、申し込み名簿に名前を書こうとして気がついた。この前は夏休みの繁忙期で「メンバーのお子様」に限られていた受付制限が今回は無い。
「2人申し込んでもいい?」
 父ちゃんもチャレンジしてみることにしました。前にも書いたように、1回500円の料金がメンバーとその家族は無料なので、2人申し込んでもタダなのです。
 それにしてもすでに何人もの順番待ちがあって、我が家が登れるのはしばらく先になりそうだというので、それまで他を見て回ることにしよう。それに結衣が父ちゃんの袖を引っ張り、嫌なことをささやいたのが気になります。
「わたし、登らない」
 結衣は普段大声でしゃべったり、つまらない自己主張したりするのですが、大事なことになると小さな声になる。だから「登らない」というのはかなり本気です。だが、父ちゃんにしてみれば結衣を登らせるのが楽しみでここに来ているのだから、なんとしても翻意してもらわなければ困る。この待ち時間の間に、その気にさせなくては。
 R.E.I.の店内には、最近の大きな店舗や自動車ディーラーはたいてい設けるようになった「お子様野放しコーナー」があるので、そこでしばらく好きなように遊ばせ、気持ちを和らげることにしたのですが・・・。

 しばらく遊ばせた後、更にショッピングモール内を歩いて他のお店の賑わいなんかも見て歩き、再びR.E.I.に戻ってピナクルの前に。結衣もおとなしくついてくるのだけど、でも登らないよと言う。ヤダヤダと大きな声で嫌がるよりも、小さな声で言われる方が、より苦難に耐えているかのようで、こいつ相当嫌がっとるな。まぁ最悪の場合、結衣の申し込みはチャンセルして父ちゃんだけ登ってもいいのだけど、せっかくだから結衣を登らせてみたい・・・って、何がせっかくなんだか、まったくわがままな親父なのですね。
 ちょうどピナクルでは結衣より1歳か2歳くらい年上の女の子がチャレンジしているところで、結衣と二人でベンチに座ってその様子を見ていました。もちろん父ちゃんは「ほら、あの子がんばっているね。上手だね」とささやきながら結衣をその気にさせようとしているのですが。
 やがてその子が登り終え、次の人の番になったとき、父ちゃんはいい光景を見つけたのでした。受付のボードのところで、さっきの女の子がなにやらカードをもらっている。きっと記念の認定証か何かなんでしょうね。さっそく結衣にそちらを向かせて
「ほら、あの子、がんばり賞をもらっているよ」
 幼稚園で学期末にもらえる賞状(といっても、A6サイズくらいの色画用紙にガリ版刷りのものだけど)や、スイミングスクールの進級認定証を連想させるようなことを言ったら、結衣のやつ、少し考えて
「わたし、登る」
 父ちゃんの計略通りなのです(^^ゞ

 しかしなんですね、前に来たときの様子を含めて思い出してみても、子供が自分で登りたがるというよりは、親が登らせたがるというのは我が家に限らず結構いるような感じです。子供にしてみればショッピングモールの中にある店の一つにしか過ぎないわけで、親の方が「あのR.E.I.に来ているんだ」と興奮しているみたいなんですね。やっぱりこれもブランド崇拝の一つの表現なんでしょう。

途中で進退きわまった
最初はスイスイだったが
 さてさて、順番が巡ってきた父ちゃんと結衣は靴を履き替えます。ちゃんと5歳の子供が履けるようなクライミングシューズがあるということに感心しますね。さすがアメリカ、さすがR.E.I.・・・あ、これもブランド崇拝か。
 結衣の場合は更にヘルメットをかぶり、ものものしいスタイルに。ハーネスにロープを結び付けられたりして緊張が高まってきたかな。でも、この場に及んでじたばたしないというか、覚悟を決めたのか諦めたのか、無表情に係員に従っています。
 登攀ルートはさっきの女の子と同じルート。下から見ていると公園の遊具を登るようなものだと思ったけど、ものものしいスタイルで立ち向かう当事者、それも5歳の子にとっては実際の難度以上に険しく見えるんでしょうね。
 係員は慣れたもので、子供が安心するようにという配慮でしょう、初めに名前を聞いておき「結衣ちゃん、左手を出して」と名前で呼びかける。おっと、ウチの子は左手と言われてもどっちか判らないぞ。慌てて父ちゃんが結衣の左下に駆け寄って、こっちに手をだしてごらん、そうそう、そこだピンポーン。係員も心得たもので、このあと結衣がホールドに手や足を正しく掛けると「ピンポーン」と声をかけるようになりました。
 ところでこのルート、小さな子供が登れるように難度が低く、ひょいひょい登って行けそうに作ってあるわけですが、途中で一箇所だけ身体を横に移動させ、岩角を回りこむ場所があるのです。さっきの女の子もここで苦労していたけど、結衣もここで進退きわまってしまいました。下から見ていると左足を伸ばせばスタンスがあるのが判るのだけど、結衣の目からでは岩の陰になって見えないのかも知れない。下から係員と二人で声をかけるけど、気持ちの上で「参った」状態になっているらしくって、もう足を出せそうにないですね。ここさえ移動できれば、その後は簡単な登りなんだけどなぁ。
 係の人と顔を見合わせて、これ以上は無理でしょうと敗北宣言。それでも良くがんばったと結衣を降ろすことにしました。岩壁にぶつからないように気をつけさえすれば、係員がタイミングを合わせてロープを緩めてくれるので簡単に降りてこられ、結衣もそうやって降りてきたのですが、中には降ろすのに一苦労という子供もいるとか。
「泣き出して動けなくなっちゃいましてね。こちらから助けに登って行くんですよ。結衣ちゃんなんか頑張ったほうですよ」
 おだてられているのか慰められているのか。それにしても、親のブランド崇拝アウトドア礼賛の犠牲になっている子供はずいぶんいるんでしょうね。

「さあ、今度はお父さんはどのルートにしようかなぁ」

 そうだ、父ちゃんも登るのだった。まさか結衣と同じルートってわけにはいかんだろうなぁ。
 父ちゃんもピナクル初登攀だということを確認して係員が選んでくれたルートは、ほぼ垂直なところを一直線に登ってゆくルートで、一見簡単そうだけど、果たしてどうなのかな。ホールドになりそうなところは多かったけど、足の裏全体を乗せられそうなところはないので、指先や足先に力を込めなければならないのでしょうね。父ちゃんそういうの苦手なんです。
 父ちゃんは、本格登山をやっているわけでもなく、ましてクライミングやボルダリングなんて未経験ですが、何故か岩山に手をかけたとたん「三点確保」という言葉が頭に浮かんできて、手足4本のうち3本を手がかり足がかりに固定させ、残った1本で次の手がかり足がかりを探ってゆくという基本に忠実に登っていったのです。
下から見ると簡単そうに
思えたのだが...
 ピナクルはヒマラヤ奥地の未踏峰というわけではなく、東急の南町田駅前にあるわけですから、すでに多くの人に登られており、ホールドやスタンスになりそうな場所は手垢で黒ずんでいるから、実を言うとルートを探すのは簡単なのですね。でも、こんなところに足を掛けて体重を預けちゃって大丈夫かな、なんて思える小さなでっぱりもあったりして、結構緊張します。足の親指の先だけで身体を支えるのはかなり不安です。途中、次のホールドが離れていて手が伸びきってしまい、無理な姿勢だったけどお腹のあたりに手をついてグイッと体を持ち上げたときは、バランスを崩すかと思ったのでした。
 しかし、それでもまぁなんとか無事に登攀成功。登頂成功といわないのは、岩山のてっぺんに立つのではなく、ザイルを吊るしている滑車にタッチするのがお約束みたいになっていて、父ちゃんもその下まで登りきって(目いっぱい手を伸ばして)タッチできたのでした。
「やっぱりお父さんは上手ですね」
 おだてられて少し照れたけど、5歳の子供と比べたら、よほどのことがない限り上手に見えますよね。

 前にやっぱりアウトドアショップの『WILD-1』高崎店ができたとき、店の外にクライミング用のウォールができたけど(そのうち無くなったな)、あれは石ころみたいなホールドやスタンスを壁に取り付けたもので、スポーツや競技というイメージが強いけど、このピナクルはモロに「岩山」で、ルートが限られてしまう欠点はあるものの(壁に石ころを取り付けるのは、飽きたらパターンを変えられる)、冒険ごっこ的な楽しさがありますね。
 ただ、父ちゃんにはこういう筋力勝負的な運動は向かないようです。というか普段の不摂生ですかね。その後30分くらい胸が苦しかった。昔から短距離よりも長距離走が得意な有酸素運動派でしたからね。10数メートルの岩山に登るよりもXCスキーで10km走る方がよっぽど楽だと思ったのでした。

 それでも、またR.E.I.に行ったらチャレンジしてみるでしょうね。そして今度は母ちゃんも登りたがっています。