病室のシャボン玉ホリデー

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いい本でした

「面白かった」と書くと誤解されそうだからこう書くけど
夢中になってグイグイ読み進んでゆきました


1993年8月13日未明
肝臓癌に起因する静脈瘤破裂による吐血で
ハナ肇が杏林病院に入院します
医師の見立てでは余命1.75日...2日は生きられないとの宣告です
しかし、ハナ肇は9月10日の朝まで29日間この世にとどまりました
この本は献身的に看病した家族や仲間たちの記録です

そもそも題名に「病室」とありますが
正確にいうとハナ肇が入っていたのは「処置室」でした
そう長く居るところではありません
看護する人たちだって、ここから元気に歩いて出て行けるようになるとは
思ってはいなかったことでしょう
それでも一日でも長くハナ肇らしく、野々山定夫らしくいてもらいたい
壊れてしまった肉体を通して、まだ生きている魂からのメッセージを受け止めようと
家族や仲間たちは昼夜を通して看護にあたります

ハナ肇の初代付き人で、克明な記録者であり筆者でもあるなべおさみが
どうしても中心になってしまうように見えるのは仕方ないのですが
読んでいて元ザ・ピーナッツの姉妹の看護ぶりが印象的です
すでに芸能界を引退しているからという配慮もあって記述が控えめなのかもしれませんが
本の中ではいつも部屋の隅っこで静かに見守っているだけのように書かれています
しかし「いつも」というのが凄いじゃありませんか
毎晩差し入れのコーヒーを携えてやって来て徹夜でハナ肇を見守っているのですね
渡辺プロ発展期を支えたこの3人の心の絆を感じました

ある台風の夜、布施明が場違いな陽気さでやって来ます
「シャボンしましょうよ」
「?」
「これだけ揃っていて、シャボンといえば風呂ですか? 髭剃るんじゃないんだから」
谷啓がいて布施明がいる。なべおさみ、それに何よりザ・ピーナッツだ
おっとディレクターの小郷英武だっているじゃないか
「シャボンと言えばホリデー、シャボン玉ホリデーでしょう」
谷啓が声をあげる
「あれ、悪顔(ハナさんのこと)、もう衣装着てスタンバイしてる」
布施明が「スターダスト」をハミングし出すと
「お父っつぁん、お粥が出来たわよ」
「いつも済まないなぁ」
「お父っつぁん、それは言わない約束でしょ」

「やい爺ぃ、起きろ。貸した金、耳をそろえて300万出しやがれ」
「あれぇ、お借りしたお金はお父っつあんの治療代...」
「お借りしたのは30万のはず...」
「馬鹿野郎! はずもまずもあるもんか。利子が利子を生んで膨れたんだ。ね、親分」
...たぶんワタクシの年代くらいまでしか判らないギャグでしょうが
往年の大人気テレビバラエティーで定番だったコントです
このアドリブの応酬には読んでいて可笑しく悲しく、泣けました


終末医療とか尊厳死とか
別にこの本はそれを論じようとしているのではありませんが
読み手はそういうことを考えてしまいます
どうしてあげることが死にゆく人のためになるのか
送り出す人の心の支えになるのか

この本を読み終えて
父が死んだ日のことを、最後に見舞った夕方のことを
思い返しています
そして家族の誰もが駆けつけるのに間に合わなかった臨終のとき
父が何を思ったのか...これは折に触れて想像しようとしているのですが
今でも判りません