今日は『埼玉県民の日』

…なのだそうです

これまで何度か、「以前九州に住んでいた」と書きましたが
最初は博多に居て、そのあと佐賀県の田舎町に引っ越したのですね
小学4年生があと一週間で終わるというときです

  孫正義さんの出身地とされていますが
  彼は幼稚園の頃にはもうこの町には住んでいなかったようです
  生年月日を見ると同じ学年なので、どこかですれ違っていたかもと思ったのですが

博多からこの町にきたときにカルチャーショックがありました
「小学校が制服である!」
  男子が黒い学生服、女子がセーラー服とスモックを合わせたような服で
  まるで戦前や戦後まもなくの写真を見ているような世界は
  それまで私服で通学していたワタクシにはびっくりでした
「給食を食べるのが箸!」
  先割れスプーンではなく、箸でした
  今考えたらその方が先進的で文化的なのかもしれませんが
  当時は田舎臭いなぁと思ったものでした

そんな田舎町で6年過ごし
父の転勤に伴って埼玉県に引っ越すことになりました
すると、かつて埼玉に住んでいたという同級生の母親が
「たいへんですねぇ、ここと違って埼玉は田舎ですよ」
そう言うのです

そんな筈はない!

だって埼玉は花の東京に通勤通学している人も多く
綺麗な住宅が立ち並んで…と
教科書に載っていた「衛星都市」「ベッドタウン」という言葉や写真を思い出し
こんな田舎とは較べものにはならない洒落て文化的な町を想像したのでした
きっと、浦和や所沢あたりのイメージだったんでしょうね
実際に住むようになったのは県北の町で
転校した先の高校で生徒に向かって話す教師の語尾が
「…だんべ」

強烈なショックでありました
さらに(その高校は違ったのですが)公立高校で男女別学があると知り
戦後民主主義の基本は男女共学にありと信じていたワタクシはまたまたビックリ
だって終戦後30年経ってるんですよ!

会社から帰ってきた父親は父親で
「カラーシャツやストライプの入ったシャツを着てゆくと
 女子社員が、ハイカラですねって感心するんだ
 見ると周りはみんな白のワイシャツばかりなんだ」

まだ「ダ埼玉」という言葉が生まれる前のことでした


そんな埼玉に住むようになって31年ですよ
いちおう周りも洒落てきたのか、それとも自分が慣れたのか
住めば都というけれど今ではすっかり気に入っています

あ、県民の日に公立の学校が休みになるというのは
埼玉に来て初めて知りました
九州に居たときは「県民の日」という言葉さえ聞いたことがなかった
といっても自分が恩恵にあずかったのは高校の2回だけでしたけどね
…そうか、ウチの子供たち、この週末は3連休だったのか