聖火リレー
小学校一年生の時、福岡市の、今は西鉄大橋駅が建っているあたりで
東京オリンピックの聖火リレーを見ました
その時にちゃんと考えたわけじゃないけど
聖火というものは人から人へとリレーされ
関門トンネルをくぐって東京に行くものだと思っていたはずなんです
だから聖火が日本にやってくるのは港湾、または空港であるはずだ...
なんで、今回は長野市がスタート地点なの?
そりゃまぁ、電子パルスに変換して衛星中継し
レーザーで点火したのが話題になったオリンピックもあったから
いきなり長野から始まるのも不思議はないのかもしれませんが
そのあと何日もかけて日本国内を走り抜けるわけでもなさそうです
実際に人がつないでいるのはごく一部だということが判り
聖火リレーに対する夢や憧れというものが薄れてしまいました
所詮ナチスが考えついたパフォーマンスなのかもしれませんが
ナチスはまだ真面目にオリンピアからベルリンまで全走破しましたよ
柄にもなく真面目なことを言わせてもらうと
ワタクシ、上に書いたことでも伺えるように
「聖火リレーは人類の平和と連帯の象徴」だと思っています
だから、これを妨害することは
非人道的な社会を支持することの表明になるのではないでしょうかね
コメント
エンドウマメ
東京オリンピックの聖火を、ご覧に・・なっていたのですか・・。
1964年は・・マメが生まれた年です。 うらやましいなぁ・・。
あーみぃ
聖火と聞くと東京五輪の聖火を運んだ白金カイロを
思いだしちゃいます(笑)
実際の聖火リレーの時は三歳でしたから覚えていない・・
いや見ていないはず。
我が家にカラーのテレビジョンが導入されたのがオリンピックの
年なのでそっちが記憶にある程度ですね。
ちなみに、よく言われる「ご成婚のときにテレビが普及」とか
「オリンピックの時にカラーテレビが普及」とかっての。
そこまで庶民はアホではありませんでして、
単に「その時期合わせてに安売りされた」ってのが理由だそうです。
実際我が家もそうだったとの事です。
ゲッペルス宣伝相が考えたころは諜報活動としての意味があった
聖火リレーですが、衛星で敵国庶民の食卓のオカズが判るような
時代にうれしそうに火遊びするってのは、
やっぱヒトは「いい年になった子供」にしかなれないって事ですネ
まつお
▽エンドウマメさん
父親の勤め先が聖火のコースに面した2階建てのビルで
そこの屋上から見おろした記憶があるのですが
どうしてその日時を知っていたのか、誰に連れられていったのか
前後の記憶がまったくありません
ひょっとしてニュースで見たことを自分の体験と混同しているのか
そう思うこともあるのですが
炎の色を覚えていますので新聞や白黒テレビとの混同は無いはずです
▽あーみぃさん
どうも聖火リレーって
八坂神社の「をけら火」とイメージがごっちゃになってしまいます
御神火を火縄に移してクルクル回しながら持ち帰る...
それと事前に各地を宣伝して回るというのは「触れ太鼓」みたいだし
だから日本人にはこういうのを受け入れやすい文化があるんだね(笑)