きたやまおさむを歌う
ええっと、この記事がアップロードされるまさに本日この時刻
東京・大井町では
『レクチャー&ミュージック 高石ともや きたやまおさむを歌う』
というコンサートが始まる時を迎えているはずです
このコンサートは5日の日曜日には京都でも行われるのですが
25日になると、今度は九州大学の医学部で
『青木まり子 きたやまおさむを歌う』という「音楽とお話の夕べ」があります
いまさらあそこで「レクチャー」はないでしょうね > 北山教授
青木さんは以前にも東京・青山で『青木まり子 きたやまおさむを歌う』
をやっていて、これはCD化されていますね
CDといえば、ワタクシのCD棚には
『絆~きたやまおさむ作品を唄う/杉田二郎』とか
『きたやまおさむ きたやまおさむをうたう』というのもあり
これだけ見たら、ブーム再燃という感じなのであります
...ワタクシの世代だと、カリスマ的存在でもあったわけですね
もっとも、ワタクシはそれほど夢中になることなく
ほどほどに彼が作詞した歌を聞き、エッセイを数冊読んだ程度だったのですが
最近になって、彼の詞に感じるものが増えてきたような気がします
すごいねぇ、彼が20代30代の頃に書いた詞が
50代になってしまってようやく感心するんですよ
あらためて、きたやまおさむの詞を大事にしなくっちゃいけないなぁ
と思ったりもするのですが
上に挙げた人たち...ご本人もいますが、皆さん還暦前後の人たちですよ
同年代の人たちなわけです
きたやまおさむの歌を伝えて行かねばならぬ、使命を担わせるには気の毒です (^^ゞ
そこで一世代下の、干支で言うなら一回り若い世代で気を吐いているのが
我らが松崎博彦ではないか、と思うわけですね
本人も冗談交じりに「きたやまおさむ保存会」などと言ったりしてますが
ワタクシも彼を「きたやまおさむの伝道者」だと思っています
...さすがに「伝道師」とまで言うのは大袈裟ですが
5年ほど前から彼の歌を聴いているのですが
ここ数年、そんな思いを強く感じるようになってきました
こないだ、バルトで彼の歌を聴いていたときにも
すごくそれを感じたのですね
それもそのはず、アンコールで歌った「イムジン河」も含めてしまえば
14曲中8曲がきたやま作品でした
セットリストで、少し色を濃くしてあります
つまり、あのライブの半分は『松崎博彦 きたやまおさむを歌う』だったのですね
彼の強みは、一世代若くても同じステージを踏んできているということ
きたやまおさむを直接知っている最後のミュージシャンになるかもしれません
なぁんて書くと、何を勝手なことなんて怒られるかもしれないけどね
願わくば、松崎君が曲をつけたきたやま作品を残りの半分にした
『松崎博彦 きたやまおさむを歌う』
というコンサートを聴いてみたいなと思うのであります
「戦争を知らない子供たち´83」「ママはフォークシンガーだった」も好きだけど
「雨に消えた音楽会」は聴くたびに心にジーンときますね
この歌が生まれた極限的ないきさつを
そこに居合わせた何人かの人から聞かされたせいもあるけど
そうそう、今度会ったら、ぜひ「感謝」も聴かせてね
バルトで歌われたきたやま作品を見ていたら
すべて『北山修/きたやまおさむ 百歌撰』
という本に収録されていることに気づきました
この本は昨年末に発売され
Uさんからもメールで「良かったよ」勧められていたのですが
それほどのきたやまファンではないワタクシは未読だったのです
でも、これを書いたら急に読みたくなってきました
コメント
エンドウマメ
今日・・・高石ともや きたやまおさむを歌うコンサートに、行きます。
どんな感じなのか、めっちゃ楽しみ。 やはり歌は、歌い続けないと
死んでしまうと思います。 なので誰かが、歌い継ぐ義務があると
思います。 それが松崎君だと、云いたいです。 今聞いても、全く
古く感じない所が、きたやさんの真骨頂なのでしょう。
まつお
▽エンドウマメさん
この記事を書いたら、青木まり子さんのCDが聴きたくなって
注文してしまいました
由紀さおりさんや堺正章さんの歌声で馴染んでいたあの歌も
今、まり子さんの歌で聴くと別の味わいですね
きたやま作品は「死」にまつわる歌が多いことに気づくのですが
最近は、その手前の「中年の心」という歌が好きになっています