子宝湯(江戸東京たてもの園)
東京の下町にある銭湯は
まるでお寺と見まがうような建物が
特徴的である、らしい
いかにも日本的な外観とは裏腹に
浴室の高い天井は
妙に西洋風だったりする
でも、『神田川』にでてくる
あなたと二人で行った横丁の風呂屋は
こんなに立派ではなかっただろうと思う
カラン(水栓)の上にタイル絵が...
女湯が『猿カニ合戦』『舌切り雀』と童話風
男湯が『牛若と弁慶』『那須与一』と講談風
これは女親、男親がそれぞれ一緒に連れて入る子供の年齢が
ストーリーを理解できる年齢の差なのだろう
それに、勇ましい話は男がするものというのが
世間の固定観念だったのだろう
脱衣場の格天井も、まるでお寺
さぞや堺正章の「おかみさぁん、時間っですよぉ~」の声も
よく響いたことだろう
コメント
ichiichik
子供の頃に通った銭湯は
こんなには立派では有りませんでしたが
まさにこんな雰囲気でした
洗い場を隔てる壁に小さなくぐり戸があって
子供は男湯と女湯の間を行ったり来たりできました
やっとかめ
20代半ばまで、風呂と電話のない生活をしていたので
銭湯にはお世話になりました。
昔は浅田次郎さんが常套句で(たしか)竜宮城のような(違うかな)
と頭につけるように、外観だけでも立派な銭湯がありましたね。
今でも好きで時々入るけど、この頃のは番台がなかったり、色々です。
その昔行ってた湯屋で、壁際じゃなくて中央にある洗い場では
鏡の下が空いていたんですよ。だから鏡に映る自分の上半身に
向かい側に座る男の下半身がモンタージュされるんです(笑)。
まつお
▽ichiichikさん
かつてよく聞いた銭湯の話で
男湯と女湯の間で石鹸をやりとりした、とか
「おーい、出るよ」と声を掛けたなんてのがありますが
この写真の銭湯だと、ずいぶん仕切りの壁が低いですよね
これならそういうやりとりも簡単かつ普通にあったと思います
背伸びをすれば覗き込めそうな気もしますが
やはり皆さん、公共の場としてマナーをわきまえていたのでしょう
まつお
▽やっとかめさん
学生の頃、自分は自宅から通学していたのですが
たまに先輩や友人の下宿に転がり込み
近所の銭湯に行きました
東京の銭湯って、お湯が熱いんですよね
銭湯の記憶ってそんなモンかな
...それよりもっと昔、幼稚園以前は大阪にいて
湯上りに飲んだ牛乳の味が懐かしい記憶です
自分は「フルーツ牛乳」って呼んでたけど
大阪で言うところの「ミックスジュース」ですね