つなみ - THE BIG WAVE -

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『つなみ THE BIG WAVE』
パール・S・バック/径書房

クルマの定期点検を待ちながら読んだ本が
とても心に沁みる本でしたのでご紹介します
...既読の人がいらっしゃいましたらごめんなさい


段々畑の小山の上に住む農家の息子キノと
ふもとの狭い浜に住む漁師の息子ジヤは、友だちでした
二人でよく一緒に海で泳いだりして過ごしたのですが
キノには海と共に生きている漁師の家々の海側に窓がなかったり
漁師たちが海を恐れているように見えるのが不思議でした

「海はおれたちの敵だ」
「なんでそんなことが言えるんだ
 お前の父ちゃんは海で魚をとって、それを売って、暮してるんじゃねえか」
「海はおれたちの敵だ」

ジヤの言葉にも違和感を感じるのでしたが
あるとき泳いでいて海の奥底の水の冷たさと感じたときに
なんとなく判ったような気もしたのでした

そんな日々が続いていたある日、地震があり、浜を津波が襲います
辛くも小山を登りきり、キノのところまでたどり着いたジヤの眼前で
津波は浜の家々を飲み込み、家や家族を奪い去ってしまいました
波が引いたとき、今まで人が住んだことがないかのように
浜には何も残っていませんでした
ジヤはあまりのショックに気を失ってしまいます

「『生は死より強し』だ
 ジヤが目を覚ましたら、あいつはもう二度と幸せになれんと思うだろうし
 泣いて泣いて泣き続けるじゃろう。泣かせておいてやることじゃ
 じゃが、いつまでも泣けるもんじゃない
 二、三日もすれば、泣き続けるのはやめて、時々しか泣かんようになる
 じっと悲しそうに座って黙りこくっているようになる
 そうっとしておいてやって、無理に話させるようなことはせんことじゃ
 わしらはわしらで今までどおり働いて暮すんじゃ
 そのうち、いつかジヤは腹をすかし、母ちゃんが腕をふるったごちそうを食べる
 そのときから気を持ち直すじゃろう
 昼間はもう泣かんようになるが、夜にはまだ泣くじゃろう。泣かせておいてやるんじゃ
 じゃがな、泣いておる間にもジヤの体は日に日に活気を取り戻していく
 血は脈打ち、骨は太り、頭は再び考え始め、元気を取り戻してゆく」
「ジヤが父ちゃんや、母ちゃんや、兄ちゃんのこと、忘れられるわけがねえ!」
「忘れられんじゃろうし、忘れちゃいかん
 ジヤの父ちゃんたちは生きてた時とおなじように、死んでもジヤの中で行きとるんじゃ
 いつかジヤはみんなが死んだということを、ジヤの一生の一部分として受け止めるときが来る
 その時にはもうめそめそせずに、みんなのことを思い出として心の中にとどめる
 ジヤの血には、父ちゃんや母ちゃんや兄ちゃんの血が流れとる
 ジヤが生きとる限り、ジヤの父ちゃんたちもジヤの中で生き続けるんじゃ
 津波がやって来たが、もう、行ってしもうた
 又お陽さんが照り、鳥が歌い、花が咲く
 ほれ、海を見てみろ!」
 
 

 
ジヤはキノの家に引き取られ、畑を手伝って成長します
やがて、再び浜に家を建てて住もうとする人が現れました
それからジヤの様子が目に見えて変りました
キノの父は言います

「おまえが、わざと仕事の手を抜くような奴じゃないことは、わしがよう知っとる
 いったい何を考えとるんか、わしらに話してみい」
「おれ...舟が欲しい。また漁に戻りたいんじゃ」
「『生は死より強し』か...
 今日からおまえに賃金を渡すことにする。おまえはもう一人前の男じゃ」

貯めたお金でジヤは舟を手に入れ、海を走らせながら
キノに向かって再び浜で暮らしてゆきたいという決意を述べます
加えてキノの妹のセツも一緒に暮らしてくれるだろうか、とも

昔住んでいた場所に家を建て、ジヤは浜に戻ってきました
一緒に家を見に来たキノが訊ねます
「ジヤ、もしまた津波が襲って来たらどうするんじゃ」
ジヤは海に面した部屋に皆を案内すると、そこには窓がありました
「おれ、海の方に家を開けたんじゃ
 もし津波がまたやって来ても、ちゃんと備えができる
 おれ、海に立ち向かって生きる。恐がったりなどせん」

「おまえは、強い男になったのう」
父親はそう言って、ジヤとセツを残し、山に帰って行くのでした


単純にストーリーを要約するとこうなります
でも、要約しきれないほど
作品中には素敵な言葉が詰まっています
キノの父親が味わいのあることばかり言うのです

作者のパール・バックはノーベル文学賞も貰ったアメリカの作家ですが
日本に滞在したこともあって、そのときの見聞をもとにこの話を書いたそうです
  「ノーベル賞文学全集第7巻/主婦の友社・刊」にも収められています
  図書館だとこちらを所蔵している確率が高いでしょう
  こちらの翻訳では
  ジヤとキノがそれぞれ次郎と久作と訳されていて
  丁寧に語りかけるような文章です
  最初に単行本を読んだからもあるでしょうが
  父親の語り口は、単行本のぶっきらぼうな方にむしろ愛情を感じました

1947年に出版されたこの本は、アメリカでもロングセラーになっていて
1960年には映画化もされたそうです(日本未公開?・伊丹十三さんも出たらしい)

アメリカ人にとっては異文化の話でしょうが
日本人のワタクシにとっては、心情的にうなづける部分がたくさんあります
昨年の東日本大震災のみならず、これまで数多くの津波を経験し
そのたびに立ち直って、再び海辺で暮らしてゆく
そのときの日本人の死生観、再生への思いというものが
愛情をこめて綴られていました

いやはや、それにしてもキノの父親みたいな男に憧れます

   
この本は、もともと『THE BIG WAVE -大津波ー』という題名で
1988年に株式会社トレヴィルより刊行されたものを
径書房が2005年に改題して復刊したものです
また、『ノーベル賞文学全集』収録のものは「大津波」という題名です