美味探究
~『英国一家、日本を食べる』という本を読みました

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いったいこの人、何者なんだ?

マイケル・ブース(Michael Booth)

英国・サセックス生まれ。
トラベルジャーナリスト。フードジャーナリスト。
枠にはまらない食への飽くなき好奇心と探究心が身上。2010年「ギルド・オブ・フードライター賞」受賞。パリの料理学校ル・コルドン・ブルーにおける1年間の修業とミシュラン三ツ星レストラン、ジョエル・ロブションの"ラテリエ"での経験をつづった“Sacré Cordon Bleu”は、BBCとTime Outにおいて週刊ベストセラーに。(巻末より)

家族を連れて日本に数か月滞在し
各地の美味しいものを食べ歩いた記録なのですが
とにかく訪ねた先が凄いのですね
関係者以外お断り、みたいなところばっかり

「ワンダフル! おばちゃん、これどうやって作るの?」
「駄目駄目、お客さん、勝手に厨房入ってきちゃ...
 といっても言葉が通じないか。しょうがないガイジンさんだねぇ
 じゃ、ちょっとだけ見せてあげるよ」

という程度ならまだ判るけど
相撲部屋に行って稽古を見たあとちゃんこ鍋をつついたり
テレビ局に行ってスタジオでSMAPの収録を見てキムタクと握手したり
日本酒の蔵元に行って麹室を覗いたり
挙句には服部幸應氏が月に一回だけ来店を許されるメンバー制の店に同行したり
どういうコネとツテがあってそんなことできるの?

真摯で飽くなき探求心さえあれば、道がどんどん開けてくる
こういう人を「グルメ(食通)」と呼ぶんでしょうね
  フランス語では「グルメ(食通)」と「グルマン(食道楽)」は
  明確に区別されているそうです
  日本ではごっちゃどころか「食べ物」をグルメと呼んだりさえします


そもそもこの本を読んだきっかけというのが
筆者が大阪に行った時にお好み焼き屋などを案内してあげた
ヒロシとチアキという人がいて
あいにくヒロシはワタクシの存じ上げているヒロシさんではなかったけど
チアキの方が「あの」チアキさんだということがちょっと前に話題になって
それで興味を持ったのですね
...いきさつは書かれてないけど、ツテをたどって取材協力の話があったみたい


もう一度筆者の肩書を見ると
ルポライターではなくジャーナリストですからね
家族を伴った、その辺の描写はあるにしても
単なる食べ歩きの記録ではなく、和食に対する考察が鋭いし
またこの人、妙に変なことに詳しい
京都の家の奥行きが深いのは16世紀に導入されたの間口税のせいだとか
古い時代に屠畜業や皮革労働に従事した人々の子孫は冷遇されていたとか
よく調べたもんだと感心します
もちろん、本題の日本食についてもかなりの知識をもって臨んでいます
けったいな表紙画や売れ線を狙ったような俗っぽいタイトルとは裏腹に
これは結構真面目に読ませる本でありました

でね、最後の章で訪ねたお店の話には感動したんですよ。究極の料理店です

 次に現れたのは、ナスだった。おかみさんが言うには、料理人は一般にシーズンの終わりの果物や野菜は、盛りを過ぎているからと使わないものだそうだが、「壬生」の料理長は、終わりがけに収穫したものには旨みが詰まっていると知ったらしい。実際、石田氏は、他の料理人なら捨ててしまうような野菜を使う。たとえば、その日の料理に使われていたナスは旬の「名残」の時期のものだった(旬の初めは「走り」、出盛りの頃は「盛り」という)。
「こちらでは、野菜の命を最後までたっぷりと楽しんで、大切にしています。それが、私たちの料理の主義なのです。野菜はみんな、1年のうち3ヵ月か4ヵ月しかお目にかかれなくて、その後は姿を消してしまいます。いつでもまた食べられるというわけではありません。ですから、旬が完全に終わるまで愛でていただくのです」

友人で、食材のことを「食材様」と呼び
地元野菜の「旬」にこだわっているシェフがいるんだけど
ここを読んでいたら、ふと彼のことを連想してしまいましたね

このお店こそ、服部幸應氏が月に一度来店を許される店なんですが
当時発行された東京版のミシュランガイドには載っておらず
さらに「調査員の評価を辞退した店」にも含まれていなかったそうです
なにせ一般には知られていない店なんですからね、当然でしょう

「あの店は、本当に存在したのだろうかと思えてくる」

という最後の一行が日本料理の深遠さを思わせ、印象的な結びでした

なぁんて、書いたそのあとに「エピローグ」で辻静雄氏の言葉を引用して
結局これが日本料理の本質なんだなと...ううむ、英国人に教わってしまった

「日本料理は見かけによらず単純で、大切な素材はふたつしかありません。
 昆布や鰹節で取るだしと、大豆で作る醤油です」



チアキさんについて、本の中ではこのように紹介されていました

「小柄でかわいらしい女性」
「音楽プロデューサーで、夫は世界で3本の指に入るマンドリン奏者」

間違いない、あのチアキさんです
今夜は彼女の笑顔を思い出しながら
一年前に亡くなられたご主人の演奏をCDで聴きたいと思います


余談:
大阪で、お好み焼き屋、串カツ屋と立ち飲み屋を回り
もう満腹で酔ってしまってもいるからと辞退する筆者を
チアキさんは説き伏せるようにしてうどん屋さんへ連れて行きます
ところがその店の出汁が絶妙に美味しかったらしく
筆者は天国を味わったとのことでした
...チアキさん、いいことしましたね
 他人事なんですけど、ありがとうと言いたくなっちゃいました