赤から10番

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 ロンドンにいる頃、ある日発作的に辛い辛いカレーが食べたくなって、ソーホーにあるインド料理屋へ出かけたことを思い出す。インド人の給仕に辛いカレーを食わしてくれと頼むと「単に辛いのか、ほんとうに辛いのか、どっちにするか」という。「じゃあ、ほんとうに辛い方だ」というと、やがて赤っぽいカレーが出てきた。
 ひと匙食べてみると、うっすらと甘い感じで、大した辛さじゃない、ははん、やっぱりイギリス人というのは辛いのに弱いので、ほんとうに辛いといってもこの程度なんだな、と思いながらふた匙、み匙食べるうちに、驚きましたね、私は。がんと頭を殴られたみたいになって、突然なにもわからなくなってしまった。口の中が痺れてしまって、耳がじいんと鳴っている。そしてまわりの景色がすっかり目の醒めるような紫色になったかと思うと、汗が滝のように流れはじめた。辛いの辛くないのって、あんなにものすごいカレーは生まれて食べたことがない。
 ほんとうに辛い上等のカレーというのは、最初の口当たりが甘いのが本格であるということであって、いやはや、そういわれてみれば実にこのカレーは本格であった。ほんとうにインド人というのは、あんなに辛いカレーを食べているのかね。理解をこえたことである。
(伊丹十三・著『女たちよ!』より)

のっけから長い引用になってしまいましたが
ワタクシがダンディズムの師と仰ぐ伊丹十三さんが書いたこのカレーこそが
至高のカレーだと思っているのですが、それを踏まえたうえで...


いつだったか、近所のディスカウント酒屋に置いてあったこのカレー
なんとなく惹かれるのもがあって試しに買って帰ったのですが
食べてみると、口当たりが甘くって、そのあと辛さがひろがってきました
さすがに視野が狭まって目の前がモノクロに見えてしまうほどではなかったけど
おおいに気に入ったのであります
「これはC&Cの辛口カレーに匹敵するぞ」

C&Cというのは『レストラン京王』という会社が展開するカレーショップで
今は店舗もメニューも増えたけど
ワタクシの学生時代はもっぱら京王新宿駅の構内にある本店で
よく立ち食いにしていたものですが
ここの辛口がこんな感じなのですね
お店が発展して、レトルトも持ち帰り用に売られるようになり
10年くらい前から、上京したらたいてい買って帰ってきたのですが
ここ数年は東京に行く機会がありません
  深夜・早朝にバスや飛行機の乗り換えくらい
C&Cのカレーに飢えていたところに、この『赤から10番』は素晴らしい発見でした

と、こ、ろ、が...
どうも件の酒屋は手違いか気まぐれで仕入れたのか
いったん売切れたあとは継続して入荷しません
まぁ、ネット通販で買うことができるのは判っていましたが
いっぺんに20個というのは、ちょっと多すぎます
一か月に1、2個食べて一年がかり、ですからね
C&Cのレトルトだって東京に行った折に5個買ってきて
半年か一年後くらいにまた買ってくるというペースでしたから

しばらく前にゴミ箱を見たら、空き箱が捨ててあり
どうやら息子が買ってきて食べたようです
「どこで買ったの?」
「太田のドンキ」
群馬県の太田市は、最近図書館の利用券を作って足繁く通っており
ドン・キホーテはその少し先、東武線の駅前です
...早速行ってきましたよ

  これまで蒲田、鴻巣、東松山と
  ドンキの前を通る機会はあったのですが
  店内に入るのはこれが初めて
  話には聞いていたけど、ごちゃごちゃして
  何がどこで売っているのかよく判りません
  それでも何とか物を見つけたら...
  レジがどこにあるのか判らない

いやぁ、やっぱりこれは人気があるんでしょうかね
普通の『赤から』は10個くらいあったけど
『赤から10番』は1個しか残っていませんでした
翌週また行ったら、今度は3個
すべてワタクシが買って帰ってきました

ああ、できれば夏の暑い日にも食べたかったなぁ
きっと頭から血の気が引いて行くような
そんな失神しそうな感覚を味わえたかもしれません

それにしても、伊丹さんがロンドンで食べた
本格のカレーというものに憧れます
『赤から10番』もそれなりに甘いと思わせておいてヒリリときますが
まだどこか「単に辛い」という辛さを売りにしたところを感じます
カレーを極めようとしたら辛くなってしまった、という
結果論的な辛口カレーが好きなんだけどなぁ