詩人、作詞家、作曲家

 

自分用に買いました

雨過ぎて雲破れるところ/佐々木幹郎・著

放蕩おやじ、秋のコンサートツアー第4弾は『カタログハウスの学校@新宿』でした
  厳密に言うと、コンサートではなく「歌ありのトークショー」で
  場所も「渋谷区代々木」ですね。最寄の下車駅が新宿ということ
もちろん今回の授業(?)は『小室等の聞きたい聴かせたい』です

今回のゲストは詩人の佐々木幹郎さんです
「学校」「佐々木幹郎」ということで、おとといの「予習」になるわけですね
失礼ながら佐々木さんについては詩人であり、中原中也の研究家
という程度の予備知識しかありませんでしたので

  もっとも、あの本では山小屋に集う仲間たちとの交流が印象的で
  詩人という事に関してはまったく認識が深まりませんでしたが (^^ゞ

そして、もうひとりの出演者…ゆいちゃんです

  会場に入ると、いつものようにステージには対談用のテーブルと
  歌唱コーナーがセットされていたのですね
  で、最初はテーブルに3人分の椅子とマイクが用意されていたのですが
  開演直前になって1人分が取り除かれ
  ゆいちゃんは歌の場面でだけ登場することが窺い知れたのですが
  取り除かれた椅子はなんとステージ奥、小室さんのギターの脇に置かれました
  つまり、ゆいちゃんは小室さんと幹郎さんが話している間ずっと
  観客の正面に座っていなくてはならないのですね
  …大変だなぁ、ヘンにキョロキョロすることも、まして欠伸なんかできません

詩人を迎えてのトークショーですので、もちろんテーマは「詩」
前半は茨木のり子さんの『歳月』を皮切りに中原中也の話題を中心に
後半は幹郎さんの作品を取り上げて「詩」と「詞」と「音楽」のかかわり...
というのが企画を立てた時点での思惑だったのでしょうが
ここ数年、お二人の親交が深まっているようで
非常にざっくばらんで、ときおり会場の爆笑を誘う対談になりました
お二方の会話があんまり面白くって引きつけるものでしたから
同じステージの上でじっと座って待っているゆいちゃんの存在を
いい意味で忘れてしまうほどでした


で、対談の中で直接出た話題ではないのですが
この何年かのあいだに小室さんは幹郎さんの詩にいくつも曲をつけて歌っていて
詩の中には曲がつくことを予定していないものがあるわけです
去年から聴くようになってワタクシも気に入っている「石と死者」などは
もともと長い散文詩で、小室さんはそこから一部を抜き出し、詩句を入れ替えたりして
極端に言えば再構築して歌を作っているのです

ワタクシは曲つくりが出来ないので想像がつかないのですが
こういうのって頭の中がどうなっているのかと思います
詩を何度も何度も朗読しているうちに
自分の感情とあいまってメロディが固まってくる、というものでもなさそうです
それよりも、たった一つのキーワード、その詩の中に秘められた
琴線に触れた一つの言葉を表現することから
その前後のメロディが生まれて全体の曲が出来上がってゆくのかな

むかし、ラジオで小室さんが
「自分は詩がないと曲がつくれない
 劇伴を依頼されたときも、詩集をめくって似たシチュエーションの詩を探し
 それに曲をつけることでメロディをつくっている」
そんなことを話していたのを覚えています

ところが、歌の世界では曲先(きょくせん)というのがあります
まずメロディをつくった人がいて、それに詞をつけてゆくのです
きたやまおさむさんの作品は多くがそうだといいますが
それを聞くと、どうしてこんなぴったりした詞が作れるんだと思ってしまいます
先日ともやさんも唄った「感謝」なんか
この詞にはこの曲しか考えられないと思えるほどマッチしているのですが
つくられた順番は逆なのです

そうなると今度は
何もないところからあの曲をつくった加藤和彦さんは凄い。頭の中はどうなってるんだ
と三すくみ状態になってしまうのであります


まぁ、これは帰りの電車の中で思ったことで
会場ではとても楽しい時間を過ごさせていただきました
できれば30分くらい予定時間をオーバーして欲しかったほど

もちろん、ゆいちゃんとの歌も良かった
デュエット用にアレンジし直した歌は、むしろ小室さんが控えめに聞こえます
本音の部分では我慢や譲歩もあるのかもしれませんが (^^ゞ
歌の掛け合いやギター演奏を楽しんでいるかのように見えて
ファンとしてはこれも小室さんの魅力です

そういう意味では10月24日発売の『まる六』のアルバムも楽しみですね
六文銭から出発して、それぞれのキャリアを深めてきた3人が
再結成ではなく、何かを始めているのですから
懐かしさだけで聴いてはいけないような気がします


結局ワタクシの「予習」は役に立ったのか立たなかったのか?

両方試したわけじゃないから断言してはいけないのでしょうが
詩集を読んでから会場に行くよりは良かったと思っています
幹郎さんという人が、詩人である前に…いや、詩人であるために
人間としてどんな広がりや深さを持っているか
その一端を垣間見ることができたエッセイ集だったと思うからです
それに、この本を読んだことと、会場で会ったある人の存在が
ワタクシの「秋のコンサートツアー」を一本の糸でつなげてくれたのです

実りの秋…ではなく、何かワタクシの心に一つの種が蒔かれたような気もしました
これがどう育つのか、それとも途中で萎れてしまうか
それはまだ判りませんが、今日で9月も終わり
本格的な秋はこれからですが「秋のコンサートツアー」は一区切りして
10月はおとなしくしていようかと思っています
家の中も片付けなくっちゃだし…それにフトコロに秋風が吹きまくっていますから (^^ゞ

でへへ、サインをしてもらいました