「丘」をうたう

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この前の前の記事で紹介した歌碑を見に行ったのは、先週の土曜日、12日でした
その足で国道沿いのブックオフに立ち寄り、棚に並んだ本の背中を眺めていると
こんな題名の本が目に飛び込んできました

  なぜ「丘」をうたう歌謡曲がたくさんつくられてきたのか
  戦後歌謡と社会

たまたま「みかんの花咲く丘」の歌碑を見てきた直後でしたので
「丘」という文字に敏感になっていたのでしょう
それにしてもナイスなタイミングです

すぐにその場で買うのはためらったのですが
帰宅してからも妙に気にかかり、調べたら図書館にあるというので
日を改めて仕事の帰りに借りてきました


読んでみると、これがなかなか興味深い本でした
戦後歌謡史を「丘」というキーワードで検証する内容なのですが
そもそも「丘」というのは何を意味しているのか?
筆者はこれを「境界」と解くのです
  だから「丘」だけではなく
  「一本杉」「波止場」「窓辺」「渚」などに形を変えていたりもします

「丘」は「丘墓」に通じ、死者を葬り思い出す場所としてあり
「失い(喪失)」と「甦り(再起)」の象徴なのだと解釈するのです
だから「丘」は両方が見える場所、変化する場所なのですね

歌謡曲ではありませんが、戦後間もない大ヒット曲として
例の『みかんの花咲く丘』も挙げられています
この本を読んで、あぁそうかと思ったのは、一番の歌詞に登場する「船」です
筆者はこれを、戦後間もない時期だから「軍艦」ととらえるのですね
  実際には商船でしょうが、見ているものの気持ちでは軍艦とダブっている
軍艦で出征していったお父さん...でも、帰っては来ない
船は「とおくかすんで」おり、二番で「どこへ行くのでしょう」と歌われます
三番ではお母さんが登場しますが、これも亡くなっていることが暗示されています
つまり、戦争で両親を亡くした子が戦後を生き抜く思いをかみしめる姿と解くのです
その境界としての「丘」だと言うのですね
そう言われば、この歌が大ヒットしたということがうなづけます
当時の日本国民の心情を、無意識のうちに代弁していたのですから
  そして普遍的な童謡としても素朴で美しい情景を歌ったものでしたから

その調子で60年代70年代とヒット曲の歌詞を読み解いてゆくのですが
70年代あたりから様相が少し変ってきます
そして80年代90年代になって、だんだん「丘」が見えなくなってきて
別のキーワードも現れてきたりします
たとえ「丘」を踏襲していても一筋縄では解けなくなったりもするという
つまり人々の気分が、世の中がそれだけ変化してきているわけです
月並みな言い方をすると「歌は世につれ」ということでしょうか

ともあれこれは面白い本でした
一度サラッと読めば充分かなと図書館で借りてみたのですが
これだけの労作、また日を改めて読み返してみたくなる本でした
...ブックオフでまだ売ってるかな?


余談ですが、面白いことに気づきました
本文中に引用されたものや、されなかったものを含めて
ある作詞家の作品に登場する「丘(境界)」は
繰り返し「帰れない」場所として歌われているのです

  朝焼けの丘を越えて荒野を目指した青年は
  ふるさとのあの丘に、今はもう帰れなくなり

  カバンに詰めて夜汽車に乗ってしまったら
  野菊の花の咲く丘には「何があっても帰れない」のです

  お嫁に行くことだけが道じゃないと一人ぼっちを選んだ彼女は
  初恋の丘にも一度帰りたいと思うのですが...

そして、ずっと気にかかっているのが

  町はずれの赤い橋を渡ったものは帰ってこない...

これはむしろ境界の先のほうが「死(喪失)」のイメージなんですよね