『ジャーマンポテトを食べた日の朝』

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2007年12月15日撮影

10月の半ば、古い友人の訃報が届きました
大学生の頃に北海道の旅先で出会った男で
常宿にしていたユースホステルの常連連中と楽しく過ごしたものでした

学校を卒業してからは、彼が京都に住んでいるということもあって
それでも年に一度くらいは会うことがあったのかなぁ
最後に会ったのは20年近く前、出張で高崎に来ていた彼に
こちらもキャンプに行く途中で立ち寄って立ち話程度に会ったことがあり
そのあと彼が仕事を変えて北海道に住むようになってからは
年賀状だけのお付き合いになっていました

そんな彼の訃報は、人づてに届きました
当時の仲間たちとは、卒業、結婚、子どもの成長とともに
一人また一人と疎遠になっており
年賀状さえ出さなくなった相手もずいぶんいます
まぁ、それでもいまだにつながっている友人も何人か残っていて
きっと、みんな同じような状況だったのでしょう
ほころびたネットワークの、つながっている糸をたどって
彼の訃報はワタクシに届いたのでした

11月の終わり、そろそろ彼の四十九日だなぁと思っていた頃
一度も面識の無かった夫人から挨拶状が届きました
帰宅してその葉書を読み、差出人の住所が北海道ではなくなっていることに気づき
夫人にも、自分にも、ひとつの区切りがついたように感じたのですが...


夫人からの葉書が届いたその晩、ひとりの友人から電話がかかってきました
彼とは年賀状のやり取りは続けているけど、こうやって声を聞くのは
...あれっ、ひょっとして20年前の結婚式の2次会以来かよっ!?

とんでもなく懐かしい友からの電話の内容は
今回の一件で昔の仲間と連絡を取り合うことができたので
みんなで集まって飲み会でもやらないか、というものでした

話を終えて受話器を置くと
まるでそれを待っていたかのように再び電話が鳴り
今度は幹事役の友人からの電話でした
うひゃぁ、申し訳ないけど彼とは最後にいつ会ったのかさえ思い出せません
そんなわけだから、話しながら目の前に浮かぶ彼の笑い顔は
大学生の頃の彼の表情です
...きっと彼にも大学生だったワタクシの顔が浮かんでいることでしょう

「遠いから無理して出てこなくてもいいよ」
何度も彼はそう言いながらも、集まる日時と場所を伝えてくれました

「行ってくれば」
電話を切ったワタクシに、ツレアイがそう声をかけてくれました
「だって、電話で話しているとき、すごく嬉しそうだったよ」
傍らにいた息子も「そうだ」と頷きます
  ワタクシがふだん電話しているときは仏頂面が多いそうです
  根が電話嫌いなので、ついそういう表情になってしまうのでしょう
  ...別に、本当に不機嫌ということはないのですけどね (^^ゞ

そうか、じゃぁ出かけてくるか...
亡くなった友人が20年ぶり、いや、相手によっては30年ぶりの
再会の場を作ってくれたのですから

2007年12月15日撮影


とまぁ、ここまでは「いい話」なんですけどね
当日いったい何人くらい集まるのか
その時になってみなければ判らないようです
集合してから適当なお店に移動することになると思いますが
忘年会やクリスマスシーズンで賑わう週末の新宿に
予約もなしに行ってみんなが座れる場所があるのでしょうか?
コンビニで酒とおでんを買って公園で酒盛り
ということにならなければいいのですが...(笑)