皆既月食の晩に

 


新宿西口で集まろうなんて、無謀な企てだったのかもしれない

お約束の10分前に交番前に行ったワタクシは
そこに立っている人の多さに驚き
知っている顔がないのに慌て
その人たちもまた同じ境遇だということにうろたえてしまった

つまり、ここにいる人たちの半数くらいが
「久しぶりに集まって飲もうや」
「懐かしいな、でも、顔が判るかなぁ」
という電話やメールの連絡で集まった人たちで
キョロキョロしながら自分の帰属すべきグループを探していたのだった

そしてワタクシもまたその一員となって
交番の前を2度3度と何食わぬ顔で
しかし目だけは必死になって知っている顔を探しながら
行きつ戻りつしていたのだった

カクテルパーティ効果とはこのことだろう
単なる騒音にしか聞こえなかった周囲の会話の中から
自分に関係ありそうな会話だけが言葉として耳に入ってきた
立ち止まって振り返り、会話の主と思われる二人連れに恐る恐る
「あのぉ、もしかして...」
「ひょっとして、まつおクン?」
彼らもまた、目の前を何度か通り過ぎるワタクシに
自信が持てずに声をかけられなかったらしい

しかし、人間の目と言うものはいい加減なもので
相手を確認さえしてしまえば
まごうかたなき昔の旅仲間、そうとしか見えない
そのあと集まってきた仲間たちも
今度はちゃんと最初から顔が判ってしまうのだ

  先日、最初に電話をかけてきた友人は
  ワタクシも彼だけは見ればすぐに判るだろうと思っていたのだが
  まさしく当時のままの面立ちと髪型でやってきた
  ...のはいいのだが、マスクをかけて現れたのには参った
  「おまえなぁ、顔が判るかどうか不安だってのに、そんなのしてくるなよ」


なんだかんだで集まった10人が向かったのは新宿中央公園...
を眼下に見下ろす高層ビル内の居酒屋
さすがにこれ以上無謀な企てを重ねることがないよう
気を利かせた仲間のひとりが事前に予約を取っていたのだった


 

酒が飲めない奴だったが
それでも彼がきっかけを作ってくれた集まりだから
用意しておいた10月に亡くなった友人の写真を卓に置くと
Yさんが彼の詩集を傍らに並べた...彼女も用意してたんだ


あとはもう愉しい会話、懐かしい話題が出まくって
時間はあっという間に流れてしまった
眼下に広がる新宿の夜景は
高台に建つ北の宿から望む湿原にも見え
30年近く訪ねていない、あの場所に
今立っているような錯覚を覚えてしまったのだ

だから今夜(12月10日)は回帰月食
 



新宿ではまだ半分ほど欠けた状態で
深谷に着いたら終わりそうになっていた
肝心の「皆既」状態は、どうやら電車の中だったらしい