大人のフォーク集会

CDにサインしてもらいました

野反湖フィールドフォークから始まった『秋のコンサートツアー』
といってもミュージシャンではなくワタクシが渡り歩くのですが
第3弾は『高石ともやinおおいずみ』でした

大泉と言っても山梨や練馬ではなく群馬です
仕事場から40分で行けますから、平日でも平気です
…ううむ、今年は3度目ですね

今回の会場は『大泉町文化むら』展示ホール
目いっぱい使えば結構広いフロアなのですが
その半分も使わずに、ステージの前に弧を描いて椅子が並べられています
本当はもっとともやさんを囲むようなセッティングをしたかったようなのですが
音響の都合もあってこの形になったようです

その音響ですが、なんか見覚えがあるようなスピーカーです
「PAは六合村から運びました」
と、今回のコンサートの実行委員会代表のK氏
そうです、3月から4月にかけての松崎博彦関東ツアーを共にしたPAが
今回のコンサートも活躍したのでありました
もちろん操作するのは…野反湖では大変お世話になりました m(_._)m

会場に入ったとき、そのT氏と話しているともやさんを見て
正直言って「老けたなぁ」と驚きました
もともと目じりの皺が特徴的な人ですが、すごく老人風に感じたのでした
が、ステージに立つと別人です。あの高石ともやさんです

開演20分前からステージに立って自分で前座というかオープニングアクトをやって
いちおう7時にK氏の挨拶で正式にスタートです
今回使った楽器はバイオリンとギター
唄とおしゃべりというよりは、しゃべっている中から唄が湧いてくる感じです
ともやさんといえば、どうしても永六輔さんとの『宵々山コンサート』になるのですが
永さんとの付き合いの中で、また宵々山に招いた多彩なゲストとの交流から
日本の大衆芸能のスタイルを身につけているように感じます
それがフォークと結びついて、独特のスタイルになっているような感じです

あらかじめ全体の構成や、何を唄うかはいちおう決めてるんだと思うのですが
しゃべりの中の言葉から唄が始まり、歌詞をキーワードに次のおしゃべりが続いてゆく
それにしてもよく歌詞やコードがちゃんと出てくるものです。すべて暗譜ですからね
京都で毎年行なっている『うたマラソン』も、これならできるなとうなづいたのでした
いや、「難しいことを易しそうにやってみせるのがプロ」といいますから
本当は大変なのかもしれませんが、そんなことは微塵も感じさせません
…だからそれがプロなんだってば



譜面台には筆文字で「土」「家」「水」などと、キーワードが書かれた紙を掲示していました

今日はスタンドマイク1本で、ご本人は「60年代の音です」と言ってましたが
70年代前半の唄も多かったので、昭和40年代と言った方がいいかもしれませんね
ともかくその頃の唄がどんどん出てきて(他のシンガーが唄ったものも)
ワタクシも含め会場で一緒に口ずさんでいました
そして、その唄を唄った世代が50代60代を迎えるにあたり
改めて当時の歌詞の意味を知ったり、今唄える唄を作ってゆく
それがフォークの復権になるのではないかと、これはまぁワタクシが思っただけですけど
そんな気が強くしたわけです

終盤になって、きたやまおさむさんが作詞した「感謝」が唄われました
ワタクシ、この唄にめっぽう弱いのです
聴いていると目頭が熱くなり、うるうるしてしまったのですが
唄っているともやさんも相当気持ちが入ってしまったようです
次の唄には続けて入らず、一呼吸置いていました

これでコンサートを終えてしまっては
ある意味、美しく出来すぎになってしまいます
それを嫌ったか照れ隠しか、比較的明るい唄、ポピュラーな唄を続けたあと
なんと『ハエ・ハエ・ハエ』で会場の雰囲気を一変させてしまいます
もちろん会場はコーラスで応えるのですが、そこはそれ中高年が圧倒的ですから
コーラス以外の部分は、わりと静かに聴いてしまうのですね
終始スタンディングでノリまくっているロックの会場とは違いますね
でも、ともやさんに言わせると、そういう風に騒ぐのはニューミュージックで
フォークはもっと歌詞を味わうものだそうです
言葉の端はしに自分の人生を重ねてゆく…
仕事や家事に無我夢中だった時期を過ぎた大人がフォークソングに回帰してくるのも
自然な流れなのかもしれません

ただし、ワタクシ自身は大人になったという自覚はなく
特に今年は子供のようにはしゃいで、こうやってコンサートツアーを続けております
まだ予定がいくつか入っていて、家では「放蕩おやじ」とあきれられているのです