浜松⇒東京:1990.5.6
(東海道新幹線乗車録その6)

 


前の年のゴールデンウィークにはシベリア鉄道に乗ってみたけど
その次の年は、

みんなが「えぇなぁ」「いぃなぁ」と言うところに行ってくる

そう宣言して恵那と伊那を旅したのでありました (^^ゞ
夜行急行『銀河83号』で名古屋に行き、そこから中央線で釡戸駅まで乗って
旧中山道の大湫(おおくて)宿から大井宿(恵那)まで東海自然歩道を歩き
再び列車に乗って木曽福島へ(木曽旅情庵YH泊)

木曽路・奈良井宿を散策し、諏訪に出て片倉館で一風呂浴び
そのまま中山道を行けば軽井沢を経て家に帰ってしまうのですが
そうはせずに折り返して伊那谷を南下、その夜は駒ヶ根へ(駒ケ根YH泊)


「雪で不通の飯山線、雨で不通の飯田線」とは誰が言ったか忘れたけど
三日目はしっかり雨で、楽しみにしていた天竜川川下りは運休
幸い鉄道は止まらなかったけど
伊那谷酔狂列車『トロッコファミリー号』は小雨の中の発車と相成ったのでした
車両形式は「トラ90000」、客車ではなく無蓋貨車であります
幌をかけてベンチのような客席を作り、そして全席指定(笑)なのです
その後、雨はあがってホッとしたけど、こういうトロッコ列車は
ローカルな風景を走っていればこそ楽しいけど
市街地になると乗っていて恥ずかしくなってきますね
鳳来峡を過ぎたら、もう雨は降っていなかったけど
併結している客車の座席に移って普通に車窓風景を見てました
  運行する側もその辺は判っているのか、追いかけるように
  「トロッコ車両は豊川までです。客車のほうにお移りください」

終点の豊橋からは東海道線のありふれた中距離電車に乗って
さらには一日5本しかないバスにうまく乗り継げて
その日の宿、浜名湖・舘山寺温泉に向かったのでした

...といっても温泉を楽しむつもりではなく
その界隈でユースホステルがあるのはそこだけだったんだよね
旅好きが泊まり合わせて歓談する宿、というよりも
青年の家と言うか、どこかの研修所みたいなコンクリート建てで
20数年たった今では、様子がほとんど記憶に残っていないのです
当時の旅行記には「不思議ブキミなムードをたたえたアナクロ的YHだった」
とあったけど、それ以上は書いてないのです(村櫛YH泊)

そんなわけで、旧街道を歩いたりイベント列車に乗ったりした
「えぇなぁ」「いぃなぁ」の旅の最後は尻すぼみになってしまい
そそくさと新幹線で帰ってきたわけであります
せめて最後の贅沢でうな重食べたような...
そう思うと、やはりこの旅は「家を出てから帰るまで」ではなく
「釜戸駅で下車してから浜松駅で新幹線に乗るまで」だったような気がします


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